楽園創造(パラダイス)―芸術と日常の新地平― The Earthly Paradise

design: 山田拓矢


楽園創造(パラダイス)―芸術と日常の新地平―
中井康之

 「芸術」を「日常」から乖離させたのはロマン主義だった。近代以降の芸術思想はその流れを汲むものであったろう。20世紀における芸術の革命の旗手、シュプレマティスム運動は、政治という「日常」が「芸術」との束の間の蜜月を生み出すのだが、革命政府は内容や主題を革命に沿わせる方向に転換し、芸術様式の革命にはそっぽを向いた。革新的な様式の精神が生き存えたのは、非革命的な政治世界、資本主義体制に於いてであった。
 「芸術」と「日常」は再び乖離した。そのような歪んだ関係に対して、戦争という圧倒的な「日常」に対峙しうる絶対的な「芸術」が求められた過程を、ダダイスムという反芸術運動に見る事ができるだろう。さらには、彼らの作品に用いられたオブジェやコラージュといった技法は、伝統的な習練の積み重ねを必要とせず、「芸術」を技術から解放した。欧米で誕生したそのような反芸術的世界は、時を経て肥大化し、近代以降の美術の理想的な姿として強化されていった。そのような大局的な動向に対して、日本の1950年代~60年代の反芸術的作品は、様式として一般化したというより、個人の情念的とも言える世界が噴出したような側面を持った。皮肉にも、そこにダダの精神が生き存えられたのである。
 以上のような20世紀美術のある一面を辿ったときに、「芸術」は「日常」と乖離していなければならないという教条主義的な姿勢が見え隠れする。それは「日常」というものが封建的な制度の元に醸成されたという暗黙の了解の元、その網の目から脱するために各個の自立が絶対的な必要条件とされたという図式である。もちろん、このような解釈を敷衍するならば、ダダイスムのような革命的芸術運動は、「大きな物語」化すると同時にその役割が終焉する筈であり、「小さな物語」としての20世紀中頃の日本の反芸術的作品にこそ、その精神が活きているという筋書きをそこに見ることができる。しかしながら、20世紀末に社会主義体制が崩れると同時に「ポストモダン」の物語も崩壊し、「小さな物語」は<マイクロ・ポップ>と称されるような奇貨として我々の目の前に現れることになる。それは「日常」に融解した芸術であろう。
 今回のαMプロジェクトでは、多様な階層の価値観や思想といった形而上的なレベルから、人々が生きていく中で生み出されてきたあらゆるものまで、等しく相対的に捉え得るような世界である今日の我々の「日常」を、「芸術」という、かつて歴史的に存在していた世界観を通じて鮮やかに映しだしてくれる作家たちを集め、「楽園創造(パラダイス) -芸術と日常の新地平-」というタイトルで1年間のプロジェクトとして始動する。ここに集う作家たちのさまざまな表現を介しながら、我々がこれまで見ることの無かった「日常」というパラダイスと出会えることをここに約束しよう。

 

▊ 中井康之 なかい・やすゆき ▊
国立国際美術館主任研究員
1959年東京生まれ。1990年京都市立芸術大学大学院修士課程修了後、西宮市大谷記念美術館に学芸員として勤務。1999年より現職。専門は近現代美術。主な展覧会として「パンリアル創世紀展」(1998年)、「イタリア抽象絵画の巨匠:アフロ ブッリ フォンタナ」展(2002年)、「もの派-再考」(2005年)、「藤本由紀夫展 +/-」(2007年)、「アヴァンギャルド・チャイナ―〈中国当代美術〉二十年―」(2008年)、「世界制作の方法」(2011年)等。また、2005年に「第11回インド・トリエンナーレ」、「シティーネット アジア2005」(ソウル市立美術館)で日本側コミッショナーを務める。

(※略歴は2013年当時)