資本空間 ー スリー・ディメンショナル・ロジカル・ピクチャーの彼岸

The Capital Room: Beyond Three Dimensional Logical Pictures

design: 大西正一


資本空間 –スリー・ディメンショナル・ロジカル・ピクチャーの彼岸
山本和弘

「資本空間」などというと、金塊や手の切れるような新札、そしてピカピカの硬貨などがビッシリと詰まった中央銀行の金庫を思い浮かべるのがパブリック・イメージかもしれない。つまり、真面目一途なアーティストには縁のない世界が思い浮かぶかもしれない。その一方、成功したアーティストのスタヂオ奥の小部屋を想起する人もいるだろう。
 しかし、この言葉を造ったドイツの彫刻家ヨーゼフ・ボイスは、資本を貨幣ではなく、創造性ととらえ直し、「創造性=資本」というスローガンを掲げた。なるほど(Ja)と同意するか、そんなアホな(Nee)と否定するかは意見の分かれるところだろう。現実世界では、各種経済学が何と定義しようが、あくまでも「資本>創造性」となっているのが実感だからだ。
 このように資本概念の根本的転回を志向したボイスは、芸術もまたファスト・ポリティクスであるべきとの信念をもって活動しながらも、スロー・ポリティクスとして展覧会やコレクションに回収される自らの作品に苛立っていた。もちろん、現実世界はこのようなロマン化Romantisierungとは反対のベクトルを強化してきた。芸術はこのような力学に立ち向かうには徒手空挙のスロー・ポリティクスとしての性格をますます強め、貨幣空間に取り込まれてきたようだ。
 だが、21世紀に入ると同じ苛立ちを共有するアーティスト・アクティヴィストが貨幣空間の大海にやや漣を立て始めた。しかしそれらもまた、芸術という制度空間の中でしか成立することなく、貨幣空間に消費されてしまうことを私たちは知ってしまっている。
 ところで、サブタイトルの「スリー・ディメンショナル・ロジカル・ピクチャー」とは、ロバート・スミッソンが用いた言葉である。スミッソンは絵画から出発したアーティストであり、ボイスとは異なり、もとより彫刻家ではない。だが、この三次元論理画像という空間概念は、熱力学第二法則に抗って、一種の断熱系としての二次元ピクチャーを打破する志で共通するものととらえるならば、この二人の熱力学的アーティストにならった創造性空間創出の試みも可能かもしれない。
 貨幣が増殖する今日の社会システムにおいて、芸術がサブ・システムである限り、先述のような転回は実現しえないだろう。しかし、芸術が貨幣以上に増殖しうる可能性を秘めた創造性の一部にすぎないことを私たちが自覚したとき、創造性が貨幣をはじめて批評しうる土壌に立ちうるかもしれない。私たちはこのギャラリーにユートピアが到来すると思うほど楽天的ではない。が、せめて質量のある物質的作品に創造性を増殖させる触媒の役目をみてみたいのである。
 また、私たちはボイスの先例にならって、「創造性>貨幣」であるべき、などと念仏を唱えようとするほど楽観的でもない。ただ、マルクスの「資本論」をボイスが「資本論2.0」へのバージョン・アップしたことを踏まえて、私たちも「資本空間」を「資本空間2.0」としてアートワールドのアウトサイド(彼岸)にあるかもれない社会に向けていま敢えて問うてみたいと思っている。
 ここでいう「資本=創造性」とは数理論を駆使しなければ理解できないような難しい概念ではなく、ひとつのギャラリーを満たす創造性なるものを視覚化しうるか否かという問いかけにすぎない。言い換えるならば、「資本空間2.0」とは昨今の社会を覆っている絵画や写真のような平たいピクチャーではなく、三次元的な厚みと質量をもったピクチャーでgallery αMを満たしてみようという試みである。

キュレーター

▊山本和弘 やまもと・かずひろ

栃木県立美術館シニア・キュレーター 。
1958年山形県生まれ。東北大学美学専攻卒業。1985年より栃木県立美術館学芸員。主な展覧会:「マンハッタンの太陽」(2013)、「冬のメルヘン‐20世紀ドイツ美術の神話」(1993)、「ザ・サイレント・パッション‐日本の女性アーティストたち」(1991)など。主な論文:「社会システムへの異議申し立て―ヨーゼフ・ボイス《資本空間1970-77》(1980)」(2014)、「ロバート・スミッソン―メタ-サイトとしての絵画」(2014)など。主な訳書:ハンス・アビング『金と芸術-なぜアーティストは貧乏なのか? ―芸術という例外的経済』(グラムブックス、2007)ハイナー・シュタッヘルハウス『評伝ヨーゼフ・ボイス』(美術出版社、1994)。

(※略歴は2015年当時)