中川久「層空間の静と動」



1990年4月17日~5月12日


層空間の静と動
赤津侃

「絵がゆらいでいて、不思議な気持ちにさせられますよね」。
中川久のアトリエに来た職人が、こう言ったという。
職人の直感は鋭い。
中川は平面という絵画の不思議さに思いを馳せさせるアーティストの一人だ。平面に始まり、平面に還る。中川は持続して、平面の絵画を研究してきた。一時は箱状に少し突き出た曲面の面白さをも押し出してきた。最近は、帆布一枚だけの薄い平面へと磁場を転じた。物理的な厚みに頼ることなく、絵画を改めて平面の問題として、とらえ直そうという試みだろう。
帆布をメディウムで固め、ゴムヘラ状の道具で描く。帆布には、アクリルがよく似合う。中川のコンセプトと素材と行為が調和して、扇状の弧線に隈どられた色面がおびただしく、重層的に描かれる。
道具がゴムかヘラ状のはけで、掃くように、また塗るように行為が繰り返えすわけだから、その両面は、当然、筆触の場合とは、さまざまな差異が浮かび出てくる。それが中川の最大の特色で、重層的な視覚効果が明確に出てくる。まさに深々とした層空間の誕生である。
薄い画面の隙間が図になり、一番上の色が地になる。色面のすき間もかさなり、深みをもたらす透過性を与え続ける。層空間のすき間が<静>であり、ゆらぎが<動>になり、その小さい世界のイメージがゆらぎつつ、観る者にマクロの世界のイメージを絶え間なく発信続ける。
層空間の静と動は、一つは律動感あふれるフォルからきている。それはゴムの弾性作用がもたらす反復的な行為から生まれる。もう一つは、塗りながら掃くという二重の行為から意識的に生み出される。この両者の結びつきが、重層的な層空間に結実している。
中川の層空間の静と動は、彼のイメージの豊かさに支えられているが、凝視すると、時間軸と空間軸が、中川の塗りつつ掃くという行為そのものを通して、多視点的に画面に結ばれていることに気付く。画面は静と動で揺れている。全体としての画面は、リズムがあり、時間がある。平面としての絵画、絵画としての平面――両者はそれぞれ独自のコンセプトをもつ。中川行為の積み重ねは、前者に属するが、一つの未踏への絵画へと至る壮大な試みと言えよう。
今回は層空間を現出した。観る者のイメージは限界なく喚起される。