出店久夫「フォトワーク/虚数の時間・実の時間」



1990年11月20日~12月15日


フォトワーク/虚数の時間・実の時間
赤津侃

新しい宇宙像を解明している英国ケンブリッジ大学のスティーブン・W・ホーキング教授が、来日した折、こんなことを語っていた。
「虚時間では、宇宙の始まりもなければ、終りもないし、淵も境界もありません。こう言ってもわかってもらえない場合があります。そうしたとき、私はそれらを絵でイメージさせます。身近な絵、例えば球の表面を使ってどこまでいっても果てがなく、始まりも終りもないことを説明します」。
ホーキング博士自身も宇宙の起源と運命をめぐる、壮大な謎を絵でイメージしつつ研究する。博士が、出店久夫の「世界・反世界」のフォト・コラージュを観たら、どんな感想をもらすだろうか。
出店は写真で絵を描いている。しかも、その世界はすこぶる観念的な世界であり、最先端の宇宙論や文学をも想起させる。ホーキング博士の理論を思い浮かべるのもけだし当然である。出店の座標軸が明確であり、視点が定まっているからこそ観念的な作品が生まれるのである。
その基軸は、二つあるようだ。
一つは、高校の女教師いあら、方程式を解くだけに、逆もまた信なりと繰り返し教えられたと。つまり、ものの見方、考え方に絶対はない、ということであろう。さらに、出店の目的が変われば、あらゆるものが変化するという信念をもっているようだ。視点を定めれば、あらゆる形・フォルムがまるで異なった相貌を自ら表わす。
この二つのコンセプトを支えるのが、出店のフォトワークの技術である。彼の作品は、写真の発展なしには、生まれ得なかった作品である。写真の技術革新を取り入れた作品である。フォトモンタージュを一歩前進させている。フォトワークと呼ぶゆえんである。まず、基本となる写真はすべて自分で撮影する。プリントも自分で行なう。たまりにたまったモノクロプリントを一枚ずつ手にとり、点検することで、イメージは限りなく広がる。その後は、ハサミ、ナイフを使ったコラージュ作業である。この作品に、アクリル、ハイライト、シャドーなどで描き込み撮影、さらに現像後の数百カットのなかから選び出し、最後にプリントに貼り込む。このとき、色鉛筆や筆で彩色する。
こうした制作過程のなかで、出店は写真のもつ特性を最大に利用する。フィルムの反転によって、イメージを裏返すのである。この方法で、左右対称や上下対称のイメージの可能性となる。世界・反世界の現実がここに生まれる。あるいは、現実・超現実の世界が現出する。それは、いずれも不要なイメージとして現れるところに彼の作品の特色がある。
出店の作品を凝視すると、ホーキング博士の宇宙論をも想起させると書いたが、同時に知のフロンティアとも言うべき頭脳の内容までイメージさせられる。脳の研究は、言うまでもなく、分子や細胞などから攻める方法と情報現装置ととらえる方法に分かれる。情報処理の入口を知覚、出口を運動や言語とすると、その中間がグレーゾーンだという。ところが、それぞれの機能を精神活動と切り離して扱う局所論が最近注目されている。例えば、脳の中枢の海馬という領域が傷つけられると、ごく最近のことが覚えられなくなる。しかし、日常生活に支障はない。こうした例から、局所論で説明できるのは脳の機能は多いという。
脳のナゾに迫るには、まず分子、次に細胞、そして細胞集団というように、最終的な情報処理機能にいたる長い鎖を一つづつ手繰っていくことにつきる。
出店のフォトワークは、かれらの頭脳の中身まで解明しているかのようだ。その制作過程が脳研究のプロセスと類似していることに驚かされる。局所論を援用すれば、それぞれの過程で増殖的行為がひんぱつする。出店の作品には、生まれ育った原風景の体験と記憶が重層的に表現されるが、なによりいまの時代の造形精神が、しかも最先端の宇宙科学うあ頭脳の世界が鮮明に提示されている。