金 昌永+尹 煕倉

「砂のイリュージョン 土のフォルム 鉄板の下の世界・鉄板の上の世界」



1991年5月21日~6月15日


砂のイリュージョン 土のフォルム 
鉄板の下の世界・鉄板の上の世界
赤津侃

鉄板が床面に敷きつめられている。鉄板と鉄板の間に金昌永の砂の作品「SAND PLAY」が見える。いわば鉄の下の世界である。尹煕倉の陶による立体は鉄板の上に置かれている。鉄板を媒介にして、土と砂の作品が調和して、静溢な空間を創り出す。さまざまなイメージを想起させる金昌永と尹煕倉のコラボレーション空間である。
金の作品は砂が基本となっている。砂は本物の砂である。おもに韓国の砂である。岡山九州の半島に近い砂も使う。砂へのこだわりは、金の原体験にあるようだ。泥んこになって遊んだ子供のころの土や砂の想い出である。この砂をキャンヴァス、板、ムシロなどの表面に1ミリくらいに均質に貼る。下地になるキャンヴァスには砂とまったく同じ色をあらかじめ塗ってある。この下地作りに手間と時間をかける。そしてこの砂面に、靴跡や手で引っ掻いた痕跡を油彩で描く。砂面が本物であるため、これらの描かれた部分は、実際に砂面がくぼんでいるかに見える。金の作品は単なる<だまし絵>(トロンプルイユ)ではない。<だまし絵>が徹底したイリュージョンの世界であるのに対し、金の作品は実体とイリュージョンの混在が生む相対効果をつくりだしている。つまり、金は本物の砂(実体の世界)を使うことにより、砂面に描かれた痕跡(イリュージョン)のリアリティーを一層強めている。同時に、描かれた痕跡の迫真性が、一瞬砂面もまた描かれたイリュージョンかと思わせる逆の錯覚も呼び起こす。実体とイリュージョンの混在という金のコンセプトは、描写された絵画の性格から飛躍している。それは観る者の現実の認識が実体の直接的感知とイリュージョンの複合によって成立していることを如実に示す。
金は、自然と対峙する人間の営みを追求している。人間の身体や形ではなく、人間の行為と描くことにより、人間を語っている。砂は自然であり、実体である。砂浜で、人々が走り、歩き、遊ぶ。砂浜での人間のドラマが痕跡というかたちで提示される。砂浜に現われる存在の痕跡には、過去もなければ、未来もない。あるのは現実だけだ。時間性の強い場所に、移ろいや人間のドラマを表現するには、最適の場だ。自然を前にして人間の不確かな存在が、痕跡をとおしてイメージされる。痕跡のイリュージョンの迫真性は、人間の営みをさまざまに喚起させる。今回は鉄板の間の痕跡の世界だが、自然界(砂面)と工業化社会(鉄板)に生きる人間の営みをも考えさせるのである。
尹煕倉の作品は、陶あるいはクレイワークに分類されるが、この分類の言葉を超え、創ることの根源という深層に向っているかのようだ。その題名が示すように<そこにある>のだが、今回敷きつめられた鉄板の上に置かれたことにより、まずフォルムが一層際立った。
そのフォルムは、どこにでもある形の矩形が中心だった。今回、フォルムが少し変化し、高さを強調するように進展した。自然が作り出すもっとも基本的なかたちというコンセプトは徹底している。尹の制作の基本に、現代人の生活空間が<四角いかたち>で成り立っているという見識があるからだ。
尹の行為で創り出された作品は、行為性をあまり感じさせない。まぎれもなく人の手で創り出されたものなのだが、物自体の原初的な存在感を呈しているといえよう。実はこれが逆の意味で、創ることの根源の深層に反映するのである。
フォルムと同時にもう一つ重要な要素がある。表面のテクスチュアである。行為の痕跡はあらわせはない。
今回は作品の一面だけ釉薬を塗ったり、鉄板を張ったりして行為性を強調している。質の異なる面である。素材=物質という原初的な関係性を保とうとする態度だ。それは表面と深層の間にゆらめくものとして現われる。
このフォルムとテクスチュアによって、尹は<もの><空間>、その<関係>といった現象としてもたらす、さまざまな感覚を観る者に喚起させる。尹の作品は、人間も、含めていえるが、広い意味で「そこに存るもの」たちの関係の総体であろうかと思う。ありのままであることと、表現することの矛盾の間で制作を進めてきた尹だが、創ることの根源に関わり続ける態度は真摯だ。「そこに存るもの」がもたらす感覚は、一つになるものではない。対(2個)に展示される、場とのかかわりは、空間自体を変容させ、ある種の協調感を示す。手が物質に触れることによって得られた身体感覚を通して、まぎれもなく<そこにある>という実在感であろうか。現実感と親近感のあふれた関係空間ともいえる。「そこ存るもの」は、深層=存在の根源への問いにつながり、創ることの意味を人間の存在のレヴェルまで上昇させるのである。
(同時期に二人は、個展を開いたことを付記しておきたい。金昌永展は5月13日~6月15日、岡崎球子画廊。尹煕倉展は、5月21日~6月9日、双ギャラリー)。