十河雅典「絵画の諧謔、今様の諷刺」


1992年3月10日~4月4日


絵画の諧謔、今様の諷刺 十河雅典の作品について
赤津侃

十河雅典は、自分の作品を「絵空事である」と言うが、その<絵空事>が実際に作品化、造形化されると非常にリアルな現実を表現することとなる。美術の中での<絵空事>には大きな意味がある。たとえば、コンセプチュアルアートは極限のところまでコンセプトと突き詰めるという一つの様式であり、一つの展開点であり、終結点であったけもしれない。しかし、それとは別に平面のあるいは絵画の中で絵空事を重視する態度というのは非常に大きな意味を持っているのである。
その<絵空事>である十河の作品は、リアルで堅固な現実を私たちの前に提示する。そこには二つの重要な意味がある。一つは、日本古来の美術の文脈あるいは日本美術史の中の重要な特色を踏まえ、それを継承しているということである。日本がの中の戯画や絵巻物、山水画などの伝統に則っているのではないかと考えられる。そして十河は作品に文字を使用する、<トヨタ><ソニー>といった文字である。これは、絵巻物の中の詞書や山水画の画讃に非常に近い。十河の作品の発想というのは、おそらくそういうものを受け継いでいるのではないだろうか。つまり、彼の作品は絵空事ではあるが、それが日本の美術の伝統をしっかり踏まえたうえで出てきているのだと理解する必要がある。
もう一つは、伝統に則っているが非常に現代的であるということである。十河が伝統をつねに意識しながらそれをどう現代風に解釈するか、自分自身はいまどう見ているか、という点にみるべきところがある。とくに企業名の使用は、企業や経済というものが私たちの時代精神を規定してしまうという状況の中で、その企業を相対化する働きをしている。十河は、自分自身の中にある内なる企業を相対化し、戯画風に描いているのである。彼の根底には政治的経済的土壌の上に自分がいま生きているという認識があり、そういう自分の生き方や時代に向き合おうとする姿勢があるのだ。私が興味深いのは、そのようなイデオロギーをストレートに出さず、現代の状況というものを自分と対峙させ、自身の中で消化したものとして表現することによって、彼の作品が絵画の諧謔あるいはアイロニーといったものを表出している点である。
文字の使用についていえば、最初は私的な言語、あるいは宇宙から発信されたような他人には解らない自分だけの文字、プライベートなポスターの中のプライベートな文字という形だった。
それから少しずつ意味を持ちはじめて、古典的なものの援用であったりした過程を経て、いまのような<トヨタ><ソニー>などの形になって出てくる。この企業名には文字のイメージと同時に意味のイメージがある。現代の高度消費社会あるいは情報化社会の中で、<トヨタ><ソニー>という文字はたいへん示唆的な意味を持っている。十河の作品は、日本の美術史の文脈に則ったうえで、なおかつ時代精神というものを表現している。そのような二点において彼の作品は今日的な、また美術的な意味があるのである。
(3月14日に行われた対談記録より抄録)