空間へのディアロゴス 1 櫻井美智子「色彩への旋律」


1992年4月14日~5月9日


空間へのディアロゴス 1「色彩への旋律」


高木修

櫻井美智子の絵画<Water-Air-Life>の強さは、その楕円に形づくられたシェイプトキャンヴァスの特異性と、そこに施された薄い赤褐色の膜と水と空気とが、接触し合う<混合体>であるといっても過言ではないだろう。しかもこの<矩形に内接する楕円>の支持体は、さまざまな形象を受けとめる受容体としての役割と同時に、自ら限定し形づくった平面によって、周囲の空間との峻別をはかりながらもそれらの空間に饗応している。
周知のとおり櫻井は、以前に完全な形(円)を支持体に制作を続けてきたが、今回の楕円への移行は、円の求心的イメージから外延への展開-つまり内面に向かう働きと、解放へ向かう働きが、二つの焦点あるいはアンビヴァレントな基点として楕円を形づくったのである。
もちろん櫻井自身が、ティコ・ブラーエやヨハネス・ケプラーの<惑星楕円軌道説>を知らないわけではないが、それよりも具体的に画面の展開として、積極的に楕円を選んだというべきであろう。このことは、円の構成を律しきったうえでの跳躍を試みたといえる。だが描き方は、円と同様につくられているのが特徴である。
楕円の素面に対し、マッドメディウムで目止めし、ジェッソを塗り、そしてモデリングペーストやジェルメディウムによって薄くマチエールをつくり、アクリル絵具で着彩する。とくにこの過程で重要なのが、キャンヴァスを水平に置き、俯瞰的に楕円を旋回しながら制作していることである。つまりこのことは、この絵画にリズムをも与えている。
櫻井のいう<色のさまざまな表情を水彩的に水との関係によって引き出したい>という意図が、この水平に置かれたキャンヴァスの上で、多方向から水のしなやかさと、アクリル絵具との遭遇によって<配色のカオス>をつくりだしている。それは水が生きた活動体として、たとえば<ときには鋭くまたたくましく、ときにはやさしく、ときにはどろどろとあるいはさらさらと流れ・・・・・・>(ダ・ヴィンチ)色との混合=時間としての膜を顕現している。そこには深遠さと表層が、かすかに渦となって循環しつつ流露し、微妙な陰影をつくりだしている。それは画面への<手さぐりの感覚>、あるいは<接触の観念>によって色彩の旋律が開扉したといえるだろう。
だがこの絵画には、見せかけの筆勢の強さとか、筆の重ね合わせによるマチエール主義の陥穽には陥っていない。ましてや深さへの神話さえないのだ。つまりあらゆる糶り上げの手段を転覆させながら加算と消去の行為性によって薄い膜をつくり深さと厚みのある空間を逸脱させているのである。だからこそ、薄く浅く軽やかでいて強さがある。
櫻井の絵画が私たちをひきつけるのは、<Water-Air-Life>への限りなきディァロゴスからの表出であるといえよう。櫻井の絵画を目の前にした時、いま私たちは<感覚の直接性><ミッシェル・セール>に呼び戻されるのである。

櫻井美智子 さくらい・みちこ
1961年神奈川県生まれ。1985年武蔵野美術大学油絵学科卒業。91年「第4回ホルベイン・アクリラート展」、93年「日本・シンガポール現代美術展<カオスと向きあう絵画の諸相>」、94年「VOCA’94」などに出品。91年ギャラリーK、93年にギャラリー宏地で個展ほか。

(※略歴は1992年当時)http://www.basegallery.com/artists/Michiko_Sakurai.html