空間へのディアロゴス 4 手塚智子「<断章>-屹立する存在」


1992年9月15日~10月10日


空間へのディアロゴス 4「<断章>-屹立する存在」
高木修

1.手塚智子の写真「TANK TERMINAL 1992」は、ベルンハルト&ヒラ・ベッヒャーの作品「GAS Holders」(1981)と一線を画す。周知のようにベッヒャーたちの、何枚かの組み写真によるシークェンスは、TANKの<類型学>や時間のプロセスを表した概念性の強い作品になっているものだが、手塚の写真は、知覚される構築物との距離-すなわち、それを包む光景(事物から発する光の作用)のほうに重点が置かれているがゆえに、神殿のような静けさを感じさせる写真になっている。
2.かつてのアルフレッド・スティーグリッツが、ニューヨークを<つきることのない魅力の宝庫>として捉えていたように、手塚もまた、以前にニューヨークを撮っている。それは<高さ>と<垂直性>への深い関心(高所衝動)からくるものであった。手塚はさらにまた、屹立するTANKのメタリックは硬質性と刺激的な陰影を見逃してはいない。あくまでも精緻な描写力をもってそれらの全体を捉えている。その意味からいえば、スティーグリッツのストレート・フォトグラフィに近いが、それよりもウォーカー・エヴァンズ的な、すべての被写体に対しての<意味づけ>を拒否し、等価なものとして捉えていると言うべきである。-つまり、見る者の内的距離を廃棄し、見えているもののみを<記述>していることにある。
3.手塚は、セザンヌがそうであったように、ものの<外部>、つまり<表面>を見ることから始める。手塚の写真においては、まったくと言っていいほど、その構築物の構造に意味を与えることなく、ましてやその内部へと深く探ろうとはしない。手塚のまなざしは、いつも外部にあると言えよう。事物が無言の存在として屹立しているという事実を、視線が捉えるだけで充分なのである。このことは、モーリス・ブランショのいう<映像の本質は、内奥をもたず、完全に外部にある。>ことを認識しているからである。
4.いま目の前に、手塚が同じ位置から撮ったTANK TERMINALの写真が二枚ある。一枚はモノクロ写真、もう一枚はカラー写真である。二つの写真を見比べると、モノクロ写真には、光の濃度がはっきりと質として顕現している。このことは、光の明暗法を言っているわけではない。銀色に塗りつぶされた円筒状のTANKは、カラーの写真よりも、よりはるかに輝きを増しているのだ。つまり、表面から一切の叙情的な雰囲気を消し去り、銀色のトーンの幅を精密に伝えている。ロラン・バルトが『明るい部屋』で述べているように、<写真の色彩はすべて、「白黒写真」の始源的な真実にあとから塗られた塗料である、という印象を私はつねにいだく。(中略)「色彩」は、私にとっては、かつらであり、化粧である>。手塚がモノクロームを選んだのは、そのような装飾性からの逃走である。さらに付け加えるならば、それは<空間>や<光>に語らせるための契機として捉えているからでもある。手塚は写真集『TOMOKO TEZUKA Photographs 1988-1990』のなかで<モノクロームの世界では、光の加減や季節の移行により空間と建造物の見え方は異なった形態やグラデーションを映し出してくれる。同一のものであっても、ある時は浮き上がって見えたり、またある時は黒く落ちくぼんだ様に見えたりする。>と述べていることにもうなづけよう。
5. おそらく手塚のまなざしは、その構築物の存在を静かな衝撃として浮かび上がらせようとしているのだ。そこには言葉化された空間は介在しない。在るのは、固有なある形象のみである。この形象は無表情に私たちとの関係を断ち切り、そこに在るという<事実>のみを顕現してくるのだ。

手塚智子 てづか・ともこ
1965年東京都生まれ。1988年東洋美術学校卒業。89年、91年「Photographs 光響展」、91年写真展「PASSION」に出品。90年ギャラリーNWハウスで個展。写真集に「TOMOKO TEZUKA, PHOTOGRAPS 1988-1990」。

(※略歴は1992年当時)http://www.tomokotezuka.com/