空間へのディアロゴス 6 捧公志朗「ふれるという経験」



1992年11月24日~12月19日


空間へのディアロゴス 6「ふれるという経験」
高木修

私は最近、捧と話をしてみて気になったことがひとつある。それは、彼が会話の中で一度もインスタレーションという言葉をつかっていなかったことである。つまり、捧の仕事を知っている者ならば、当然のようにインスタレーションの枠組みの中で語られるべきことのように思えたからだ。たとえば初期の「ブリキの飛行機」(1988)などのコメントを読んでみると、インスタレーションという言葉を警戒、あるいは無視しようとしたのは、彼らの何らかの営為が、ともするとその範疇のみで語られる危険性を感じとっていたからに違いない。
というのも、巷で見られたインスタレーションの作品群は、現実空間(場)との安易な関係的方法論のために、誰もが容易につくることができる。しかも、情念的で過剰な露出性をもったものが無関係に蔓延してくる。そこにはもはや、空間全体をラジカルに捉え表出しようとする新鮮な営為はなく、むしろそれは70年代初頭の<ハプニング>や<イヴェント>などといった死語に近いものになりつつあることを、捧自身が余地していたからである。つまり、インスタレーションという枠組みがあまりにも広範なレヴェルとして受けとめられてしまっている現状こそが、問題性を孕んでいるように思えるのだ。それは、開かれているがゆえに何でもつくれるといった楽天主義が逆に閉塞状態を引き起こしているといっても過言ではないだろう。
したがって捧は、そうした状況を意識しつつ、なおかつ積極的に現実空間と身体との密度のある表出活動(空間組織への生成)を続けようとする。つまり、彼は<私にとって重要な関心は、場と私との対話の中にアクションというひとつの関わりを挿入させたことによって見出されるであろう自分のポジションなのです>と言う。ここにはインスタレーションに欠落しつつあった<アクション>を、再び<触覚値>をもって力動的な場として獲得しようとする強い意志が感じとれる。
捧は、今回の新作で器状の形態をつくっている。器によって<ギャラリー全体の空気を集約する>、あるいは<空間の量を受けとめる>といった欲望(触れ合い)は、イーフー・トゥアンが『空間の経験』で述べている《人間の身体はそれ自体が容器であり、われわれは「一杯」や「空っぽ」であるとどのような感じがするか知っている。われわれは、食べ物や水を両手に載せたり口の中に入れたりするときに、その量を直接に経験する》ということとオーヴァーラップする。つまり、捧自身も両手で水を支えるような感覚で空間を支えよう、あるいは触れようとする指向性が器をつくりだしたともいえる。
このように、この営為は現実の空間の中で――表面の手触り(皮膚感覚)によって厚みや嵩などが操作されるのである。しかも油粘土とクレヨンを混ぜ合わせたイエローは、単にひとつの肌面(テクスチュア)であるばかりでなく、ひとつの物質(マチエール)としての存在が空間に働きかけ、空間を開示するのである。
こうして捧が現実空間に触れながら同時に器に触れるといった<相互作用>は《場における生起、ないしは場との触れ合い》(坂部恵)の構造を感得することにほかならないといえるだろう。

捧公志朗 ささげ・こうしろう
1965年新潟県生まれ。1988年武蔵野美術大学油絵学科卒業。88年「大谷地下美術展」、91年「多摩川野外彫刻展」などに出品。92年「クラスタル石彫シンポジウム」(オーストラリア)に参加。90年ギャラリーGUBAKU、91年かねこ・あーとG1で個展ほか。

(※略歴は1992年当時)http://hosen.ac.jp/kodomo/teacher/sasage.html