中沢研「かたちの浸透圧」

1996年5月21日~6月15日


かたちの浸透圧


倉林靖

中沢研の作品は独特な希薄さを漂わせている。画廊の壁や空間に溶け込んでしまいそうであり、あるいは、壁や空間から滲み出してきたようにもみえる。<作品>と<場>とが対立するのではない、お互いの存在が浸透しあった、もっと微妙な関係を有しているようなのだ。場に潜在していた可能態としての<かたち>が、顕在化したものであるかのように。たとえていえば、それは、なにかしらの条件の変化によって浸透圧が変わり、気体もしくは液体のなかに、皮膜を通って徐々に他の物質が浸透してくる状態に似ている。ただし希薄だからといって作品は構造的な弱さをもっているわけではない。場と空間に密接に有機的に関連し、そこに潜在していたものであるからこそ、構造的にカチッと嵌まる強さを備えている。しかしながらそれはまた、凝固してしまったものの頑(かたくな)さを示しているわけではなく、しなやかな可変性ももっているのである。構造的な強さと、自在で風通しのいい軽やかさ。中沢の作品はその両者を鮮やかに融合させている。彼の仕事は、<空間><場>に微妙な変化を加えることでそこに潜在していたなにものかを顕在化させるのが美術家の役割であるということを、示すものであるように私には思われるのだ。
中沢はもともと絵画を専攻し、セメントを使って絵を描いたりしていた。その彼が現在のような作品を生み出すキッカケになった体験がふたつあるという。ひとつは、あるとき突然、絵は枠だけでも絵として存在することができる、という考えに啓示のように強くとらえられたという体験。そしてもうひとつは、清里の美術館で菅木志雄の作品をみて、こんな自由なやりかたでも美術は成立するんだと思った、という体験である。彼はフレームを強調する作品あるいはフレームだけから成る作品を作りはじめ、やがて一つひとつの作品提示から、空間全体の表現―インスタレーションに向かうことになる。フレームだけの作品が巨大化し、空間全体を包むフレームとして考えられるようになったことや、箱を提示する別系統の作品群が、空間全体の表現を孕んでいたことがその契機となっている。こうして中沢の作品は、さまざまな形で空間とその<枠>の問題を展開することになったのである。
こう書いてくると、人はおそらく中沢の作品にシュポール/シュルファスや<もの派>の影響をみるかもしれない。しかし中沢は最近あるインタヴュアーとの話の中で初めてシュポール/シュルファスという言葉を知った、といっているし、また管の作品から受けた衝撃も、概念的ないしは方法論的なものではなく多分に感覚的なものであったらしい。中沢の作品には、シュポール/シュルファスや<もの派>の問題意識のさきを行くような観点が、もっといえばそれらふたつにはない新しさがあるように私には思えるのである。それはなにか。中沢の作品が私たちの感覚に強く訴えてくることの理由は、それが概念でも<もの>でもなく、何よりも<知覚>の問題をつきつけてくるからではないだろうか。
一見空間に溶け込んでしまいそうな構造物を配置することで空間の在り方を際立たせようすること、それは単に部屋を四角い部屋と認識させることではない。光と陰の微妙な在り方から、素材との関係から生み出される場の空気感のようなものまで、微細な感覚を積み重ねて私たちの知覚がどのように周囲の<場><空間>を捉えているかが明らかにされるのである。このようにして中沢の作品は希薄ながら知覚の強度を獲得するのだ。このような意味で彼を単に立体作家とかインスタレーション作家と分類してしまうことはためらわれるし、ましてや平面や映像作家であるわけでもない。彼の仕事はそのような枠づけを拒否する場所で行われている。そしてこれらのことによって、中沢の仕事は現在すでに、現代美術の最も先鋭的な営為のひとつになっている、と私は確信するのである。