鯨津朝子「次元間の飛沫」

撮影:小松信夫



1996年9月10日~10月5日


次元間の飛沫

倉林靖

<線>の数学上の定義はつぎのようなものである。<位置および長さはあるが、幅および厚さのないもの>。だがもちろん幅も厚さもないものは実際には存在不能であるから、線のこの定義は、純粋にアイデアルなものである。アイデアルといえば、そもそも素描における線もそのようなものであって、ものの形を形たらしめる<輪郭線>も、実際にそうした線が存在しているわけではない。それは空間と物体とが形作る界面を平面上に仮に投射したものであるにすぎない。しかし線のこうした性質は私たちの日常のものの見方にしっかりと根を張っているので、逆に、即物的に線が描かれている非具象絵画を見るときでさえ、人は線をアイデアルなものと見がちである。その線に明らかに太さや、かすれなどの物質的痕跡が見られる場合でも、線はあくまで観念的な存在であり、言い換えれば、確固とした存在でありながらしかも非在ななにものかとみなされる。
だが線が観念とみなされる場合、それは何についての観念であるのか。まず考えられるのは、何ものかの存在ないしは運動の痕跡についての観念、ということである。運動の痕跡とは、すなわち、空間と時間がそこに内包されているということを意味するし、それが四次元的・三次元的なものの二次元投射であるということも意味する。また、線が観念としてある場合の特徴として、そこに<延長>という考え方が含まれるということもいえるだろう。つまり、線はその両端までの長さだけで終わっているのではなく、両端部分から視えない軌跡が伸び続ける可能性が与えられる。したがって線を描くという行為は、一方では異次元の時空感覚を集積して投射させるという求心的な運動であり、他方では可視的な線の外延にまで時空の痕跡を延長していきたいという遠心的な運動である。あるいは、その互いに逆方向の二つの運動が往復して繰り返される行為である。
鯨津朝子は、かつては椅子のイメージを中心に配してその周囲に線を密集させた絵画的インスタレーションを制作していたが、そのテーマは、おそらく三次元空間が二次元的視覚に投射されるときの知覚の変換の問題だったのであろう。近作においてはそこから椅子が消え、線に、より自律的な強度が付加されるようになった。曖昧なイメージが消去され、線自体が表現力を持つようになったことは、好ましい変化だと私は思う。椅子と線が別個に担っていた実質性と観念性とが、強固に一つに結びつくようになったのだ。線の運動自体は、観念的、抽象的な問題意識の表現であるが、この観念的・抽象的な表現自体が同時に実質性と肉体性を獲得した、とでも言えるだろうか。作品は、より切り詰められ研ぎ澄まされ、決然とした性格を帯びるようになった。
鯨津はいま、線のドローイングを毎日毎日何枚かずつ描いているという。そのようないわば習練のたまものとして線が力強さと思い切りの良さ、柔軟性などを獲得している一方、日々の精神(感情)や肉体の状態の変化が微妙に線に現われてくるようになった。生活感覚、ようするにこの時空間に日常的に生きて在ることの感覚が線を描くことのうちに表われるようになったのだ。これが、椅子が消えたことの意味ではなかったか。線が観念的なものであると同時に実体的・物質的なものとしても研ぎ澄まされ、その両者が支えあって高度の表現性を獲得する。観念が実質感に支えられて豊かになるということは、もとより、芸術という仮象の存在様態の至極まっとうな在り方であって、鯨津はいま、芸術へのもっとも基本的な、正攻法的な肉薄を真正面からがっぷりと行ない始めたようなのだ。
彼女のドローイングでは、線の運動が持つ求心性と遠心性が、中心の不在の一画によって露わにされる。その線は次元間を往復して、私たちにこの現象世界の在り方を驚きに満ちて再発見させるのであり、言ってみればそれは、強靭な精神の運動がまきおこす奔放な飛沫の鮮やかな痕跡なのである。