岸本吉弘「絵画としての絵画」

撮影:小松信夫


1998年9月26日~10月17日


絵画としての絵画


藤枝晃雄

わが国における絵画の復活。そのようなものは存在しなかったし、かかるデマゴギィの路線においては存在することもないだろう。なぜなら、何よりも絵画の復活を煽動した美術批評家や美術史家は、絵画表現について語ったためしはなかった、いや語ることができなかったからであり、したがって一つとして確定的な発言はないのだから別のミディアムが台頭すれば多元主義の名のもとに、不変の非美術性をもってそれに移行するにすぎないのである。
谷川渥が記しているように、芸術は、そして絵画は「手でつくられる」(『美術手帖』、1998年6月号、176ページ参照)。しかるに、あのデマゴギィの路線にある絵画が、手の動かぬ人たちによって試みられたのも不思議ではない。そこでは物体の力に依拠したり、機械的な作画法による絵画が作られたのであり、その大方は作品の強度とやらを粉飾するためにニスを塗り込めるなど表面の、光り物の絵画に堕するものだった。
手が動くという当然の前提。岸本吉弘はこれを有している少数の作家のうちの一人であり、彼の作品には描くことの要素が数多く含まれていて、それが彼の絵画を複雑なものにしている。もとより、これまでの岸本の絵画には、復活のデマゴギイの路線とは別の画家たちの影響が認められ、このことが外面的な強さになっていたが、それはしだいに払拭されて彼独自の絵画になりつつある。そして、この独自性とは、手が動かぬところから生ずる低質ゆえの奇妙な独自性とは異なる清奇なそれである。
岸本は蜜蝋を絵具と混ぜ合わせて給を描くが、それは控え目にマットな肌理として機能している。彼はまた、絵具が自然に垂れてゆく偶然を利用しているが、この用法も抑制的である。

岸本の絵画を複雑にしているのは、そのような物質的、偶発的な要素ではなく、多様な線と面の駆使による。そして、これはコバルト・ブルー、ピンク、赤、茶、緑などの色彩の用法と関連している。ここで特記すべきは、岸本は縁という、しばしば陳腐な表現に陥りがちな困難な色彩の使える作家だということである。岸本の絵画は、そのような線、面・・・・・・による画面において何かが前面化することなく、字義通り空間的な融合のうちに成立している。