二木直巳「「見ること」を見る」

2000年10月20日~11月10日


「見ること」を見る

松本透

二木直巳が「Belvedere」(見晴らし台)と題する最初の絵を描いたのが1986年頃、以後それは、作品名やシリーズ名というより、かれにあっては”絵画”と同等のジャンル名ともいうべき規範性をもって、今にいたるまで描き継がれてきた。

それにしても不思議な営みというはかない。
最初に、横長の紙面が、等間隔のスリットの空いた細長い帯によって上段・中段・下段3つの界域に分断されて、基本的な枠組みが画定される。以後、画家としての手仕事のほとんどすべては、紙面の大半を占める下段の領域に向けられるであろう。左から右へとまず黒鉛筆で細かな線が引かれていき、次いで折りかえし青系の色鉛筆、次にふたたび黒鉛筆というふうに、鉛筆の層と色鉛筆の層が幾重にも重ねられていくのである。
線は隠しつつ現わす。――線が1本引かれるごとに、その微妙な身振りや動きによって、下段の面全体〔ひいては紙面全体〕の見晴らしは刻々と変わっていくであろう。ちなみに、一連の作業の圏外にあ りながら、そのリズムを作ったり調子を整えたりするのが、中段の“目盛り”なのだという。
モンドリアンでもいいし、ポロックでもいい、近代絵画の〔いまだに〕見果てぬ夢が、すべての部分が非階層的に一個の全体へと統合され、そのかぎりで部分と全体の区別そのものが廃棄されるような関係性のあり方にあるとするなら、二木の「Belvedere」は、異質の世界が異質の世界として相互に分断され、共存する多世界性を前提としている。だが、重要なのはその先だ。
かりに「Belvedere」の紙面を大地に譬えるなら、線をくりかえし引いていく作業は、境界線の向こうの土地のことなど目もくれずに〔しかし視野のどこかにそれをとらえながら〕、みずからの土地を黙々と”耕す人”の営みに似ているといえるかもしれない。かれはよその土地を排除しないし、同化しようともしない。二つの領土のあいだに壁を立てようとはしないし、橋を架けようともしない。だが、そのかれの眼に、境界線のこちらと向こう、すべてが肥沃な一つの大地として立ち現われる日が来ないと誰がいえよう。白い無垢の紙面も、目盛りの入った黒々とした帯も、こまかな線の堆積した面も、すべてがわたしたちの視覚の営みの内部で、一つの「美しい眺望(belvedere)」へと変容する日が来ないと誰がいえるだろうか――。