ギャラリートーク

松井紫朗 × 藤城凡子 × 児島やよい

2005年3月7日


■知覚 

児島: 松井さん、この噴出しのタイプの作品は他でも発表してらっしゃると思うんですけど、金魚を使うのは今回が初めてですか? 

松井: 初めてです。生き物を使ったのは初めてです。 

児島: これはどういうところから発想されたのかお聞かせいただけますか? 

松井: そうですね。お風呂でこう、水の中に風呂桶を沈めて、ひっくり返して、持ち上げると、お風呂の水が上までこう、風呂桶の形に沿って上がってくるじゃないですか、そういうのができないかな、というのが思いつきです。 

児島: そこに、生き物を入れようと思ったのは? 

松井: 例えば、金魚を入れると、金魚の気持ちになるというか、金魚が自分の、見る側の人の、目の代わりをしてくれて視線をフーとこう内側から見る視線に、外から金魚を見ているんだけれども、金魚を通した視線で、向こうはどう見ているのかな、という風な視線に満たされていく。そうすると内側と外側という感覚で作っている僕の作品が、金魚の視線の協力を得て分かりやすくなっていくのではないかと。 

児島: 金魚を買いに行く話をしていた時に、金魚も環境に慣れないとストレスを受けて暮らしにくいという話がありましたね。この金魚を見ていると人間の鏡を見ているような不思議な気持ちになりますね。金魚の気持ちというより、人間の気持ちを金魚に投影してしまうような。金魚、展覧会中もずっと元気でいてくれるといいんですけれど。中にいる人と外にいる人の視線が逆転したり、空間が逆転したりする松井さんの今までのインスタレーションの仕事と、やはり通じるものがありますね。ところで今、京都市立芸大と宇宙航空研究開発機構が協同研究をしているプロジェクトに関わってらっしゃるんですね? 

松井: そう。 

児島: それはどういう研究なんでしょう? 

松井: その宇宙開発事業団(現JAXA)が、国際宇宙ステーションの開発に参加していて、日本も実験のためのブースを立ち上げていくんです。そのブースの中で、日本としては何か独自のなにかをうちだしたいと。そこで宇宙開発事業団が考えたのは、普通はそういう先端の宇宙開発という所では、例えば、新素材の開発や、医学の研究であるとか、そういうものがくっついていくんですけど、日本はもうちょっと人文系の、芸術や哲学を打ち出すことで特徴づけたい、というのがアイデアとしてあったんです。だけど、一体じゃあ何をしたらいいの?ということが分からなくて、東京芸大、京都芸大、武蔵美に話を持ちかけて、どんなことが考えられますか?ていうのが発端ですね。

児島: 松井さんはその話を聞いて、じゃあ僕も参加しよう、と? 

松井: いえ。僕は最初そんなん……僕なんか特に、地上でも美術作品が実現出来ないのに、馬鹿馬鹿しく思ったんです。宇宙開発事業団が思ったのは、何かモニュメンタルなものを彫刻家だったら作れるんじゃないの?とか絵描きだったら絵を描けるんじゃないの?みたいな発想しかなかった。で、僕はそんなんだったら意味ないわ!という風に思っていたんだけれども、よく考えると重力というものは色んな行動をする時に、色んな形で関わっているんですよね。それは、日頃は意識しない。意識しないけど、実はそれは特別なことで、それが美術とか表現にも色々関わってくるんじゃないか。ということに気がつくと、じゃあそれを、重力がない環境というものを利用すると、自分達がやってきたことというのが、鏡のようにこう対象化されて見えてくるのではないか、そういう使い方をすれば、きっと面白いのではないかなと思ったんで参加してみました。 

児島: そこで宇宙の庭、というテーマを? 

松井: まあ、結局じゃあ何をするかということですけれど、例えば、その重力がない所で家を組み立てたりということでも、地球上でやるのとは全然違うことになっちゃうんですよね。そしたら、例えば最初ロビンソン・クルーソーのことを思い浮かべるんですけれど……子供の時、今の若い子は分かんないけど、僕なんか田舎育ちだったから、もう藁だとか、それから枯れ枝とか集めてきて、こう家を作るんですよ。基地を作って、グループに分かれて、なんかこう秘密基地や隠れ家を作ってそこでお菓子を持ち込んで食べたりとか、そういうことするんですけど、そういうことで家を作ったりすることを覚えていくじゃないですか。そうすると、同じように例えば無人島に着いてじゃあ明日からどうやって生活しようかっていう、ロビンソン・クルーソーになぞらえて、そういう無重力環境で、じゃあどんな家作ろうか、どんな庭を作ろうか……ロビンソン・クルーソーだったらどうするのかっていう風な感じです。そういう風に考えると……庭について考えるんですが、色んな民族が作ってたり、色んな時代で皆それぞれに、様式が違うでしょ。だけどそれは地球上に這いつくばっているからそう見えるのであって、重力のない所から見ると、みんなそこの地形の、形状に合わせて広がって作られているように見える。そこを中を歩く人が体験する。共通点が何かというと、あまりにも自明なことだから気がつかないけれども、重力があるからそういう風に平面的に広がっている。じゃあ宇宙の庭だったらそんな風に広げる必要はないかもしれない。もっと立体的な体験って散策というものが出来るのではないか。だから地上では庭の周りを人がこう歩くんだけど、宇宙だと例えばドーナツ状のものを作って、そこを人間がくるくるくるくると飛び回ることで、宇宙の庭を散策できるし、それが小さくても地上にあると同じようなスケールの散策が出来たりするかもしれない……そこから考えて始めたという感じです。 

児島: それは今までの松井さんの仕事とも関わっている問題ですか? 

松井: うーん。直接的には関わってないんですけれども、だけど知覚の問題、何をもってそれをそれと見なすかっていう、大きいとか小さいとか、広いとか狭いとか、高いとか低いとか、そういう風な、知覚に関する事柄というのが、重力が無くなると、すごく変化するんじゃないか。僕の作品というのは、初めに内とか外という風に説明してましたけど、結局それは知覚の問題になるんですよね。そういう意味で関わってる。 

 

■地球もケアが必要 


児島: さて、藤城さんは宇宙をテーマに作品を作ってらっしゃいますけど、藤城さんの場合、発想のスケールがとても大きいですよね。 

藤城: えっと私は地球環境の問題にすごく興味があって、なんとかこう次の世代に綺麗な地球を残していきたいなあという思いがずっとありまして。水槽で魚を飼うのはすごく大変なことなんですよ。水を替えなきゃいけないし、餌や酸素もあげなきゃいけないし。私はすぐ死なせてしまうんですよ。それで難しいことだなあと思ってて。惑星とかも、生き物と一緒でケアしてあげなければ、地球も人間がケアしてあげなければ、結局は自分たちが死んでしまう、ということで、魚と宇宙と惑星、地球とかを生き物として捉えて、ケアが必要なんだよ、ということをなんとなく、なんとなく伝わればいいなあという感じで、説教臭くない感じで……。 

児島: 環境問題考えてます!という感じではなくて、もっと自然にそういう気持ちが生まれるような。 

藤城: そう。そう。 

児島: 水槽の中に惑星を入れようと思ったのは、その魚を飼った経験から? 

藤城: そうですね。やっぱり難しいということからですね。 

児島: あの水槽の中の惑星の配置は? 

藤城: 一応なんとなく太陽を中心に太陽系の順番にはしたんですけど、シリコンが固まるまでに動くので、だいぶずれてしまってます。けど、意識的にはしてます。 

児島: かなり作業的には難しいですよね、きっと。 

藤城: そうですね。寝れないですね。作っている間は。 

児島: このシリコン、今までより透明度が上がって、作品としても完成度がすごく上がったなあと思いました。これはどんどんアイデアが浮かぶんですか? 今度はこういうものをこういう風に閉じ込めようっていう……。 

藤城: そうですね。うーん。なんかこうふっと沸いてきますね。シリコンって素材も一応人間に害がないというか、そんなに環境に害がないというか、そこがちょっと気に入っているところで。でも、扱いが本当に大変で、シリコンを扱っていること自体、その、何か育てているような感覚なんですよ。気温とか湿度とかによって全然固まり方とか仕上がりとかも変わってくるので、気持ちを、宇宙を扱って作品を作るんだっていう気持ちをこめてないと、しっかりしないんですよね、気を抜くと。そういうところもその環境問題みたいなことだなあと思って。 

児島: 今後もこのコスモス、宇宙のテーマで作品を作っていこうと? 

藤城: うーん。分からないですね。色んなものに興味があるので、またちょっとスカートの中に興味が出てきたりしてしまうので(笑)。  

 

■スカートの中と宇宙 


児島: スカートの中(笑)、というのは、あの、ご存じない方もいらっしゃるかもしれないんですけど、えーとここに写真があったかな。藤城さんの作品で、スカートが頭の上までめくりあげられている女の子の絵や、立体があるんです。 

藤城: そうですね。なんかけっこう、ほんとに、スカートの中にも興味ありますね。 

児島: これは女性が見ると辛いなあ、なんとなく体験的に辛いものがあるな。 

藤城: 高校の時やられましたよ。 

児島: 高校で?! 

藤城: はい。 

児島: 小学校くらいかと思った。あと、スカートの中の、これは人形の足? 

藤城: そうですね。ランプシェードがスカートみたいになっていて、下から覗くと人形の股が見えて、下に鏡が置いてあって。外からはランプシェードにしか見えないんですけど。 

児島: スカートの中に興味があるのは、体験的なものとは別に理由がある?

藤城: そうですね。体験的なものもあるし、やっぱりロンドンに行ったときに、すごくそういう友達、美術やっている子でけっこう心が病んだ子が多かったし、身近でそのレイプされたりとか、そういう子達もいっぱいいたので、そういうのは影響されたんでしょうね。多分。 

児島: 藤城さんの場合、言ってみればジェンダーにつながるような体験的なテーマも、悲壮感がなくて作品になっているような、非常にこうさらっと客観的になっている印象があります。 

藤城: それはけっこうなっているかもしれない。 

児島: 私も前からとっても興味を持って見ているんですけど、ここから宇宙のシリーズにいく過程も興味深い。スカートの中と宇宙も繋がっているのかなと。 

藤城: ある意味女性の宇宙ですよね(笑)。子宮って、やっぱりここに宇宙があるんじゃないかなあと。 

児島: 宇宙と一言でいっても、松井さんの取り組んでいる宇宙とまた藤城さんの宇宙と、改めてすごく奥が深くて色々考えられるテーマだなあと思った訳なんですけれども。今回、水と宇宙というのがキーワードのように思ってお二人に投げかけたんですけど、それから接点は広がりました? 

藤城: どうでしょう? 

松井: 水も宇宙もそうだけれど、捉えどころのないものだし、それをどこかでこう捕まえようとすると器ってものが必要になってくる。それが僕の場合は内と外ってことになるし、彼女の場合は器の中に宇宙という風になるんですけど。お互いの作品は、違うけれど、スケールを変えるとか、トランスフォームするというか、捉えどころのないものを捉えられるものに異化しちゃうっていう、そういう風に、イメージの中でしか存在しないものを、物質化するとか、オブジェクトにしちゃうところがお互い似てるんじゃないかなと思いますね。おそらくそれは80年代的作家風なんですけれど、古い?(笑)。藤城さんは、彼女特有の、女性の問題とかもあるんだけれど、僕の作品の近くで、こう触れてる部分が、重なってる部分があって、それを水族館ということにしちゃえと。 

児島: なるほど。二人でaquariaを作られたわけですね。