アーティスト・トーク

鈴木淳x中崎透x岡部あおみ


2005年12月3日


■都市の笑いに Fabore?-どうぞ-

岡部あおみ: まず最初に、鈴木さんと中崎さんの2人展を企画した理由をお話ししたいと思います。「Fabore?-どうぞ-」という題の「Favore」は、イタリア語で、どうぞ、と言う意味です。私は中崎さんと鈴木さんの作品をそれぞれ別々に知っていましたが、鈴木さんと中崎さんはまだ会ったことがなかったわけです。中崎さんに関しては、今回展示されている看板の作品にとても興味があり、私自身にも中崎さんは一つ看板を作ってくれたことがあります。100円でしたが、契約をするとその人の看板を作ってくれるわけです。そうしたことから知りあい、彼は看板以外にも色々異なる作品も作っていますが、都市のいわゆる表象、都市のイメージ、とても身近に私たちが卑近な日常生活で見ているようなサインを自分の作品にしている作家です。後でゆっくり見ていただければ分かるんですが、今回の新作は聞いたことが無いような、こんな名前の都市があったかなというような珍しいものも随分含まれていますが、一応全部都市名です。同時にその都市の名前を片側に縦書きにして、例えば、セントジョーンズなら、セからズまで、それぞれの文字を使って、物語があるか無いかはそれぞれですけれども、どちらかと言うと、いたずら書きみたいな、言葉をランダムに並べています。描かれた紙の展示も、なにげない設置の仕方になっています。鈴木さんですが、映像でおもしろい作品がないかと探していたときに、ふとしたきっかけで、『越境する人々』という作品を見る機会がありました。ちょっとナンセンスな感じのビデオで、公園を人がどんどん歩いて行くのですが、なぜか柵をまたいで当然のように普通に歩き続けていく映像でした。ビデオはフィックスなので、なぜ柵を越えて行くのかシチュエーションが分からない。ただ、ずーっと見ていると、次第になんか、とてもおかしくなってくるんですね。お二人が、共通して持っている部分に、都市のイメージがあり、鈴木さんの場合は、どちらかと言うと、都市に生きている人々の生態学みたいな感じだと思います。人がどのような行動をするのかをじーっと眼をこらして観察してるところがあります。中崎さんの作品も、とくに何ていうことも無いんだけど、見ていると笑ってしまうようなところがあり、鈴木さんと中崎さんの作品には、ある意味で都市的な笑いが共通しているのではないかと思ったわけです。お二人は全然知らない同士でしたが、ここで一緒に展覧会をしていただければというお誘いをして、みんなではじめて会ったのが偶然「Favore」というイタリアのレストランでした。タイトルもナンセンスにしようという鈴木さんの提案で、これに決まったのです。では、お二人に出品作品について、それぞれ簡単にお話ししていただければと思います。鈴木さんからどうぞ。
 

■謎をかける/三重の解体作業

鈴木淳: 初めまして。あまりこういう機会が無いので緊張しております。僕は実は福岡県で高校の理科の先生をしておりまして、大学は理学部生物学科を出ました。高校のときに絵が好きで、美術部にいて大学はどこに行こうかと考えたときに、美術は自分でもできるだろうと、理科の先生にもなりたかったし理学部に行きました。卒業して学校の先生をしながら、普通に細々と絵を描いて地元の美術団体に公募で出したりする日々が20代続いて、30才を過ぎたときに、ふとしたきっかけで、現代美術を始めるようになり、今年で実は11年目です。最初はパフォーマンスとか、インスタレーションを色々やってたんですが、2000年に自分の住んでいるところをテーマに作品を作ろうと思いました。同じ北九州市だったんですが、ちょうど引っ越したんです。自分が住んでいる近くに、旧百三十銀行ギャラリーという小さな銀行をリニューアルした北九州市の施設があり、BankArtみたいなところですが、BankArtみたいにとんでもなく大きくはないですけれども、小さなスペースで、そこが一日3千円だったもので、毎月一日だけ借りて、12回個展をしたんです。そういうプロジェクトの11回目のとき、街に花が生けてあるんですが、缶々たビンに花が生けてあったり、地域のおじさん、おばさんが花を生けてくれてるんです。それをすごくおもしろいなと思って調べてみたら、色んなことが分かったんですけれども、調べたことを展示してもおもしろくないので、花にインタビューをしようと思い、色々聞くわけです。どっから来たんですかとか。そのときに映像を使わないと作品にはならないと気づきまして、当然ですけれども、それでインタビューの映像作品を、2000年の12月に初めて作りました。それから、延々と作品を作っており、今、150本くらい作りました。こうやって色々と呼んでいただけるようにもなり、映像がおもしろいと言われて、映像作家と呼ばれております。自分の映像作品で言いたいことは、こういう風に見てほしいとか、こういう主張があるということは僕は基本的にはありません。こう見て色んなことを想像したり、隣同士で「なんなんやろうね、これ」とか、色々考えてもらったりする作品だと思っております。なぞなぞみたいって良く言うんですけれども、こちらから謎かけをして、答えはたくさんあるような、そういう作品を作っているつもりです。

中崎透: どうも初めまして。緊張しますね。僕は現在、武蔵野美術大学の博士課程の2年生に在籍しております。とは言いましても、ほとんど半分フリーターで半分学生のような境遇で、はい、日々勉強しております。今回の作品のことを中心にお話しようと思うんですが、2000年1月、大学4年の卒業制作から、看板を用いた作品を続けていて、ここ一、二年は看板じゃない作品も色々試しながらやっていて、こういった素材とかモチーフを使った作品を発表しています。今回の展覧会ですが、都市名を、こちらのほうから頭文字があいうえお、かきくけこ、さしすせそといったように五十音に並んだ配置になっているんです。都市であることは最初にはあまり決めておらず、地名であり国名であり、そこらへんはちょっとまだ猶予があったんですが、一番気にしていたのは、すべてをカタカナ表記にしたいというところでした。カタカナがなんでとても気になったかといいますと、僕らがカタカナで、というか和製英語や色々な言葉が入ってきていると思うんですけど、どれが英語でフランス語でポルトガル語でスペイン語で中国語でっていうのが、何となく区分けはきくけど、その便利な文字表記、表音文字を使っている日本語で、しかもカタカナを用いると、日本にもともとあるものじゃないものが全部カバーできてしまう。便利な言語であるが故に、全部が同じ層に、均一に見えてしまう効用があるんじゃないかと思い、例えば僕たち日本人が日本以外の国の人たちとか、異なる民族の人たちを外国ってひとくくりに、日本以外を全部言えてしまったり。外国人って簡単に一まとめに考えてしまうクセっていうか、そういうのにカタカナがかなり大きいウエイトをしめているんじゃないかなと思いまして、カタカナ表記にこだわったわけです。今回の都市名であれば、例えばパリという都市があったとして、それがカタカナのパリになった瞬間からもとのパリとは違う日本語化された都市になって、本来あるべき都市とはちょっと距離があるものに一回変換されてるんじゃないかというのが出発点にあり、それと同じようにそれぞれの都市のヴィジュアルイメージを、慎重にずらしていきながら、もう一度、両脇に並んでいるあいうえお作文のように、もともと都市の意味であったものが、ただのカタカナ、文字の配列だけになって、全然違う意味のオリジナルの都市とは関係の無い言葉並びにされてしまうというような三重ぐらいの解体作業を見せたくて、それによってカタカナという僕らが解釈するそれぞれの世界の色んな場所がすでにひとつのフィルターの中にあるものなんじゃないかを見せたくて、このような看板とあいうえお作文の作品になりました。

岡部: 初めての二人展ですので、どういう内容になるのか、ドキドキだったのですけれども、鈴木さんの映像は、ほとんどノイズ的な音だけで、言葉が入っていません。今回の中崎さんの場合はむしろ言葉がスペースをぐるりと取り巻いている形になったので、そういう意味でも両者が補完した相乗効果がでた展覧会になったのではないかと思って喜んでいます。初めてここでご一緒したので、次に鈴木さんの方から中崎さんの作品について、中崎さんの方から鈴木さんの作品について、コメントをいただければと思います。
 

■狂ってる? おいしい採りたて野菜

鈴木: ちょっと狂った感じが、いいなと思っていました。僕もそういう面があるっていうか、自分の中で作品の中に狂気がはらんでいるという、自分の中で意図的にしているわけじゃあないんですけれど、出してみたら、タコくわえているやつもそうですが、ちょっと頭おかしいなという感じが自分で見ててもするんです。そういう感じが中崎君にもあったんで、あっ、おもしろいな、こういう人もいるのかなと思いました。あと、すごくマニアックなこと、小さなことをとりあげるスタンスも、自分に近いなと感じましたね。

中崎: 僕は鈴木さんの作品はコマ撮りした写真でしか見ていなかったのですが、搬入のときに動く映像、オリジナルの作品を初めて見ました。そのとき感じたことが、例えば富士山の頂上に行って朝日を見たら、仮に100人の人がいたら100人感動できるんだと思うんですけど、それを写真や絵にする必要は、僕は無いと、僕自身が行ってそういうことをする必要は無いというか、まぁ誰でも感動できるんだから、というのがすごくあります。それよりも身近な何でもないところに、ぞくっとできる自分の鳥肌が立つぐらい感動できる感覚がまずあり、それを何か、作品に置き換えて見たときに、見た人が何も感じてなかったものにそれを見てぞくっとしたりして、日常が全然別なものに変換されていくっていうような、僕らアーティストは技術よりも、視点が先にあるのが大事なんじゃないかなと10年くらい前に思っていて、今でも大事にしていることですけど、映像を見てそのことがとてもクリアに、ぴくんとしました。気になること、余計なものを入れたり欠けたりしないで、意外と出てくる作品が出来事とつながっている、採りたての野菜がそのままおいしいみたいな、そういう印象をうけて、なんかドキッとしました。
 

■異端の人々

岡部: 4、5年間、鈴木さんがライフワークのように続けている「だけなんなん」シリーズは、大型のテーブルの上での設置と、三脚に立てたビデオの2つで紹介しています。撮りためたものの中からの抜粋です。今回の展覧会のために新作「東京八景」を撮ってくださり、宙吊りにした展示になっています。床に地図が置いてあり、どこで撮られたかも地図を見ていただければ分かります。鈴木さんは北九州で生活していて、東京という都市で映像を撮る時には、どういうとっかかりでどのへんから何を撮ろうと思って、ひとつの場所や場面に集中することになるのかを教えていただければ。

鈴木: 東京で撮影は何度ももちろんしたことはあって、「だけなんなん」にも入っています。東京に用事があったり展覧会を見にきたときに、カメラを一緒に持っていきますので、ついでというか、もったいないので撮るわけですね。結果的に東京の作品がいくつかあります。今回は意識的に依頼というか展示をすることが決まり、東京を撮りにいこう、意識的に撮ろうと撮りにきました。実は東京芸大の先端が茨城の取手にあり、去年取手アートプロジェクトに参加したので、そのときも取手の映像を撮っています。青森にも青森県全体の映像を撮りにいったので、今回意識的に場所にきたのは結果的には3回目です。何をとっかかりにしようかという質問ですが、前から思っていたんですが、東京って人が多い。人がすごく整然と歩いている。それは前からすごく気になっていて、例えばエスカレーターに乗っていると、急いでいる人が来ればどっちかによけるじゃないですか、東京とか大阪とかで左右が逆だという話もありますけども、福岡はああいうことはないんです。ただ福岡空港のエスカレーターでは東京から来る人もいるので空けますが。もしくは東京から帰ってきた人が思わず空けちゃうんだと思うんですが、街に行くとそういうことはないんですよ。その妙なシステムがあったりして、今回人を撮ってみようというのが最初にあったんです。だからえんえんと人がでてきます。撮ってて、別に何か目的があって撮っているわけじゃないんです。ただ撮っているだけなんですね。撮った後にその映像をずーっと見て、色々考えながら編集していくんですが、見てると変な人がいるんですよ、やっぱり。変な人って、全然変じゃなくて、当たり前のことなんです。例えば歩いてUターンするとか、背中をかくとか、何でもないことですけれども、それが都市の風景の中で見ると、すごく違和感があったんです。何か逆らっている感じがする。何かに抵抗しているような感じです。だから僕は『異端の人々』って言うタイトルをつけたんです。異端者、いわゆるメインから外れている。そういうふうに、アプローチっていうか、入っていきましたね。

岡部: 繁華街とか商店街みたいなところを撮っていますね。ゆりかもめが出てくる、いわゆるお台場のあたりの映像もどこだか見当がつきますが、最初からこの辺とあの辺あたりに行ってみようという予定はあったのですよね。

鈴木: それは、一応大人だからあります(笑)。お台場には行きたかったんですよ。当時あの堀江さんの件で揉めてたんで。マスコミって何だろうと思って、行ったんですね。そしたら、バーッと広くて、人が歩いているんですけれども、駅を降りて、正面にショッピングセンターがあるんです。そこに向かってみんな歩いて行くんです。すごい人数が歩いているんですけれども、空間は広いのに歩いている人の幅は2、3メートルしかないんです。行列のようにすーっと歩いていっている。それが気持ち悪いっていえば、気持ち悪い。印象深かったですね。自由の女神があったのに驚きました。原宿と新宿は一応押さえておこうと思い、ここで展覧会をやるので、銀座と京橋も撮影しようと思いました。自分の中で地図にポイントをうっていくと、上が欲しいなと思って上を見たら巣鴨があったので、巣鴨に行ってみようと。男性が自分のカメラを設置してそれに向かってお祈りしているのは巣鴨です。そんな風に一応バランスをとりました。

岡部: 鈴木さんの映像は超リアリストみたいなところがありますね。シュールじゃなくエクストラ。エクストラリアリストと呼ぶほうがいいと思いますが、そういう意味で、みんな普通に人々が生きている日常の一コマですが、そのなかに一瞬一種の隙間のような「エクストラ」が入ってくるのが、おもしろいと思っています。タルコフスキーが、東京を入れたフィクションのSF映画を作ってますよね。高速道路が入っている。鈴木さんはそうした映画にも興味をお持ちになるのでしょうか。

鈴木: 「惑星ソラリス」は大学生のときに観ました。懐かしいですね。SFですけれど、途中で未来都市のシーンで東京の高速道路が出てくるんです。宇宙船の話かな?そのシーンまではSFで、未来の話ですが、突然、東京の風景がバーって広がるんです。誰かがどこかへ移動するときだったか、標識が銀座って書いてあるんです。ぼくは最初そのシーンを知らなかったので、何が起きたんだろうと思いました。SFなのになんで東京なのって、印象深かったです。映画は大学生のときによく観てましたね。そのころ僕は絵を描いていて、映像を作るようになるとは思ってませんでした。でもそのころの影響は、知らず知らずのうちにあると思うんですけれど。
 

■逆転構造の看板はアート?

岡部: 銀座の標識が出た映画の話になりましたが、中崎さんの場合、看板を作り始めた何かきっかけというのは、あったのでしょうか。

中崎: 今となってはいくつも理由はあるんですが、大学4年生くらいのときに、美術ってなんだろう、何をもって作品を作るのかがよく分からなくなっていたときに、ファインアートとデザインの境い目で、看板という表象をとったうえで、契約書なんかも作っているんですけれども、本来ありえない逆転構造の契約書を元に看板を作ったら、もうこれは看板じゃないもの、だから、ファインアートになるかなっていうのが、最初のシンプルな発想です。それを実際に作品化していく過程で、こんな要素もはらんでしまうとか、実はこういうことも意味していたのかなとか、自分以上に看板の作品が力や意味を持っていってしまった時期があります。卒業制作や大学院に入ってから、それに自分が追いついて行くように、調べたり、考えたり、実際こうやったらつじつまが合うかなと、だんだん追いついてきて、自分でこういうのをやろうと思って、こういう表現になるという関係が、ようやくここ何年かで落ち着いてきたと感じています。

岡部: 都市生活がここまで資本主義化してくると、都市が自分自身を表象する、電子広告であったり巨大な看板であったり、色々あるわけですけれども、そういう記号空間が現在ある意味で飽和状態になってしまっている訳ですよね。都市によっては広告規制もあるけれど、こうした状況の中で、ご自分の作品で看板、あるいは言葉、広告的な形態、それとイメージを併せた作品を作るということは、中崎さんの中では、記号の解体以外には、何か伝えたいことがあるのでしょうか。中崎さんが江戸に興味があると話されていたときから、大衆文化と日常性の境界にあるものを一つのメッセージ板みたいなものとして表現しようとしているのかとも思いました。誰でも小さなお店や看板を作ったりして、自分自身のアイデンティティを表現できるわけですが、同時にそういうものを併せた一つの集合体としての都市があってもおもしろいのではないか。先ほどおっしゃっていたように、言葉の配列を変えて、アルファベットにするなど、かなり凝っていて、一見みると看板だと思うけれども、良く見ていると構造的に配列されている。今回はあいうえお、コンセプチュァルなアプローチがあるのと、同時に非常に民主的というか、大衆的というか、江戸的というか、全く違った対極にあるものを一緒にしているところが特徴的ですね。

中崎: 看板という形式をずっと使っていたときに、それが社会的に絶対に持ってしまう意味とか、役割みたいなものを常に僕は作る限り抱きかかえていると思うんですよ。そのことは、うまく利用したいと思うし、受け入れているんですけれど、それとはちょっと違うところから出発しているというのが、常に付いてまわっています。岡部さんが先ほどおっしゃった要素というのは、絶対あることですけど、何か、もっと最初のところで感じていること、例えば人間であったり、イメージを持つものは全部そうであると思うんですけれど、特に自分の問題として僕自身、作品を作るモチベーションの一つには、誰かに見られる自分と、自分が演じている自分と言ったら変ですけれど、自分が思う自分の間にある距離、外面と内面の差みたいなことに、すごく興味があります。後ろめたいと思って動くことが、生きるモチベーションになっているというイメージがあります。看板自体が、一つの表面そのものであって、必ず、元になる実体があり、一体化しているんだけれど、時としてそれはもうちょっと誇張されたものになっていたり、内容とかけ離れている場合があったり、その二つが必ずしも一致しないケース、そんな状況が当たり前にあるんじゃないか。内容を象徴してないような、ずれた内容の看板を作ることによって、その両者の距離が絶対的にあるというのが看板を作る一つの理由であり、作り続けているところであると思います。
 

■パフォーマー・パフォーナー

岡部: 今お手元にお持ちでない方々は、後ほど、リーフレットを見ていただければと思いますが、お二人ともパフォーマーですね。だから今回のトークはパフォーマンスを一人ずつやっていただいてもいいかもしれないという話も出たりしました。今回のリーフレットにはお二人ともパフォーマーとして登場しています。それでパフォーマンスについてもお聞きできればと思います。中崎さんは最近の個展でもなさったばかりですが、以前は手がけていなかったのですか? 

中崎: 昨日もやってました(笑)。演劇を少しかじっていたので、身体自体が持つおもしろさにも興味があります。絵、彫刻では、一回時間は止まってはいないんですけれども、止めたものに置き換える。それによってオリジナルのものが常に時間を超えて色んな人が見られるというおもしろさと、逆に演劇性というかライブ性、瞬間に立ち会っていないとその存在を見られないというものが、どっちが良いというものじゃないんですけれど、その瞬間で終わるものにすごく興味があります。常に意識の触れるものに落とし込むというのと、落とし込む前に常に、ライブ、その瞬間があるという両側のことを持ちながら、制作をしたい。それで横浜トリエンナーレでは、ゲリラでマスコットキャラクターに立候補するパフォーマンスをたまにやりに行ってまして、昨日横浜に行ったら鈴木さんにばったりと…(笑)パンダの格好をして歩いていたら、ビールを飲んでいる鈴木さんがいて、あっ、どうもこんちわっす。とかいって(笑) 

鈴木: 僕は普通に絵を描いていたんですね。そのうち絵を描くのを、別に美術大学も出てないのに、普通の高校の理科の先生が絵をやめるのも変な話ですけれども、絵をやめようと思ったんです。それはすごく不思議なことです。いくつか理由があるんですけれど。その中の一つに、僕は高校の先生なので、部活動を持たないといけないんですよ。部活動は最初美術部を持っていたのですが、美術の先生から指導を統一したいと言われ(会場笑う)、やめさせられました(笑)。でも、結構まじめに描いてました。その美術の先生は大学が彫刻科で彫刻の先生だったんです。俺の方がうまいなぁと思ったんですけれども(笑)。まぁそれは置いといて、しょうがないから、25、6歳のとき、演劇部の顧問をする人がいなくて困っていたので、じゃぁ僕がしまーすと決めたんです。僕は演劇には本当は全然興味が無かったんですが、一年一年生徒と一緒に発声練習や肉体訓練の仕方を習いにいったり、生徒と本当に一緒にやったんですよ。そしたら、大げさな話なんですけれど、自分に身体があるなと思ったんです。呼吸をしているとか、歩くとか。身体を発見するとか。偉そうなことを言ってますが、大したことじゃない。演劇の平田オリザさんや、横内謙介さんを呼んでワークショップをしたり。ぼくがやったんじゃないけれど、北九州市に北九州演劇祭があり、そういう関係でワークショップをやるのに呼んでくれたんですね。それに参加したりして、演劇のほうから実は身体を使うことを知ったんです。それもあって今思えば、絵を描いていることが苦しいような感じがしたんです。絵を描くことも身体表現の一つだと思うんですが、当時は分かんなかった。今から15、6年前に何か絵っておもしろくないと思ってやめちゃった。自然とパフォーマンスをするようになったというか、パフォーマンスといっても大したパフォーマンスじゃ無いんですけれども。例えば街の中で、アートイベントですが、大きな公園があって、なぜか滑り台がなかったんです。そこから、1キロくらい離れたところに神社があり、なぜか滑り台があった。「すべりだいにすべりたい」というタイトルで、チョークで足跡の輪郭を取り、街の中をずーっと行くというのをやったんです。みんな何してるんですかって聞くんです。そしたら、この足跡を追いかけていくと分かりますと。その足跡を逆に歩いていくと、公園に「すべりだいにすべりたい」って書いてある。最後にその神社で滑り台を滑って終わるというパフォーマンスをしたんです。最近やってないです。映像作家だから(会場も笑い)。 

岡部: 会場の方から何かご質問はないでしょうか。私の方からこれまで質問をさせていただきましたが。鈴木さんと中崎さんは、お互いにご質問はないですか。 

中崎: 雑談しているときに、聞いちゃったりしましたし(笑) 

岡部: あと15分ほどでトークも終わりになりますが、お二人のどちらかでもよろしいですけれども、何かないでしょうか。
 

■寂しい東京 不思議な東京

男性: 中崎さんにお聞きしたいんですが、先ほど外国の都市をカタカナで表現した時点で、それが何か本当に外国と一括りにされてしまうんだというのは、発見だと思ったんですが、そこでよく考えてみたら、例えば英語圏に行ってみたらどうなんだろう。英語の国民だったら、ローマ字表記をするだろうし、みんな同じ表記をするか、カタカナで表記しているかで違いますね。整理すると、中国の人だったら漢字で表記し、英語を喋っている国民だったら、アルファベット表記をするので、一瞬それを見ただけでは、同じ文字で書いてあるので、外国か自分の国か分からないけれど、日本の場合は、カタカナを使うために外国か日本かすぐ分かっちゃうんですよね。そこのところが、問題で、そこのところを外国という一括りにしてしまうとおしゃったと思うんですけど、何か字の媒体が違うだけで、自分の国のつづり、英語なら英語のつづりがあるから、銀座って書いてあったら、明らかに自分の国ではないと英国の人や米国の人はたぶん思うから、中崎さんがおっしゃるほど、カタカナが特別なものじゃないような気もしたんですけど、どうでしょうか。

中崎: まず一つの段階として、日本語だけの問題じゃないんですけれど、カタカナ語化する、日本語化するのは一つの例えで、それが日本人の問題になってくるわけではないですか。その問題はローカルと言ったら変ですけれども、日本語を共有している人たちの問題ですが、たぶん言語があったら言語の数だけ同じように起こりうると思っていて、狭めた内容のことが違う同じ構造として、同じ問題として、全然違う文化圏のところで問題を共有できるのではないかという考えはあります。そのときの道具というか、ひょっとしてカタカナが使われやすいというのが、今回使っているところであったりします。それと、言語、カタカナである以上に、日本人のたぶん島国的なことであったり、単一民族であるとは言い切れないんですが、日本、大和民族とでも言うんですか、9割以上の大多数を占めている日本の状況は一つ特殊だと思うんですよ。だから、例えば一つの国の中で、言語圏があったり、政治的な理由で国境がどんどん変わったり、国と民族の単位が全然別な状況はあると思うんですけれど、それが一致しているからこそ、日本と外国という見方が出来てしまう、稀なところに住んでいるなというのがあります。その中で、機能的に働いているのがカタカナという文字なんじゃないかな。それがここで用いていることですね。色んな結びつきのところで、全部はカタカナというわけではではないんですけれど、機能しているところはあるんじゃないかと思います。 

岡部: いつもの看板の作品は、ひらがな、漢字などの文字を全部混ぜて使っていらっしゃるのですが、今回は特別カタカナだけに統一していて、それは一つは、私たちが自明の理として、国名とか外国の地名などを全部カタカナで書くためですよね。逆にそういう自明であることが本当に自明なのかということを問題提起したり、表現したり、言いたいのかなと思ったんですけれど。ひらがなではなぜ書かないのか。英国、仏国、巴里など、国名や都市名の漢字はありますけど、今は難しくて、もうみんな漢字では書けなくなってますよね(笑)。他に何かありますか。

男性: お二人に質問なのですけれども、中崎さんの作品を見ていて、パリとかロンドンとか、他の都市に比べてとても楽しそうな感じの中で、東京っていうのはちょっと素っ気ないような気がしたのですが(笑)。制作を通して、東京という都市をどういうふうに感じられたのかをお聞きしたいと思ったのですが。 

中崎: 僕は東京はとても好きで、身内びいきになってしまいそうで、東京はちょっと寂びしめにしとこうかというぐらいのところが正直あります(笑)。自分が住んでいるところがわーって盛り上がっていたら、ちょっと冷めるじゃぁないですか(笑)?身内には厳しくという感じで、こういうビジュアルの選択をしています。東京を捉えるときに難しいと思うのが、僕は武蔵野美大の近くに住んでいるんですけれども、そこは東京都ではあるんですが、畑の中にあって自分が東京の内側にいる人間なのか、外側にいる人間なのか、捉えられきれない部分がたまにあります。 

鈴木: 東京の感想、好きか嫌いかっていったら、嫌いじゃぁないんですけれどね。好きっつちゃぁ好きですよね。実は、僕が最初に東京に来たのが24、5歳くらいのときで、ちょうどバブルの頃だったんです。本当に何も知らなかったので、ただ一週間友達を頼って行ったんですが、そのときラーメン屋に入ったんですよ。ラーメンは僕の中では豚骨ラーメン、九州だから。今は豚骨ラーメンは普通になっていますので、30くらいの人は分からないと思うんですが、歴史的なところで、40過ぎたら分かると思うんです。今から20年前は、東京では豚骨ラーメンは無かったんです。ラーメン屋に入ったら、当然醤油ラーメン。醤油ラーメンって食べたことが無かったんで。食べたときにインスタントラーメンだと思ったんです。というのは、当時のインスタントラーメンはみんな醤油ラーメンでしたから。そのときに東京って怖いなぁって思ったんですよ。ラーメンっていう日常的なものが支配されているような感じがしたんです。インスタントラーメンという形で。いわゆる全ての中心、スタンダードが。あとビジネスホテルに泊まっているんですが、朝の番組を見ると、東京の映像が映ったりするんです。福岡でも同じですが、東京は福岡から見ると遠くの風景なんですよね。だけど、東京のビジネスホテルでそれを見ると、すごく近い感じがした。それは不思議な体験でした。いろんな情報が日本という国にほとんど出て行ってるんですけれど、例えばお台場なんかもそうですが、僕が住んでいる町と良く似ているんです。本当は東京のまねを地方がしているんですけれども、何か違う世界のような感じがするんです。違う日本みたいな感じが。僕が住んでいる北九州、福岡が僕の中の都市であって、日本であって、東京って何か別の何かそっくりに造られた日本みたいな。それは青森に行ったときも思ったんですよ。青森に行くとパチンコ屋さんの看板のデザインとかが同じなんですね。日本中どこでも一緒なんです。だけど瓦が無い。雪が多いから瓦じゃぁなくて雪が落ちるようにトタンになっているんです。ぱっとみると、日本なんですが、よーく見ると違うんです、瓦が無いからですね。そこでも不思議な感じがしました。えー、東京の感想ですよね、すみません(笑)。あと思ったのが、街が真ん中が無いなっていう、皇居があるんですが、山手線でぐるぐる回ってて、真ん中が無いんですよ。周辺でうろうろしている不思議な街だと思いました。あと、明らかに人が多すぎますよね。援助交際が一時期、今も問題になっていますけど、援助交際とか北九州でやるとばれちゃうんですよ。何でかっていうと、会っちゃうから。おじさんと女子高校生が歩いていて同級生に会っちゃうんですね。だから東京だとばれないなと思いましたね。援助交際をしたいという意味じゃぁないですよ(会場も笑)。援助交際っていうシステムが生まれるなと思いました、あまりにも人が多いんで。偶然人に、知り合いに会うことが無い街だなと思いましたね。北九州では、福岡ではあるんですよ。天神という街を歩いていると、おぉーとかいって会うんですけれど、東京ではないですね。ほとんどない、たまにはありますけれど。そういうことが起こりえない街だなと。はい、色々です。

岡部: 「異端の人々」という題名で、今回東京で作られている映像は、鈴木さんが東京に来て、ご自分もやはりある意味で異端というか、アウトサイダーの位置にいるからかもしれませんね。今のお話を伺ってそんな気がしました。他に、はい、どうぞ。 女性:中崎さんにお伺いしたいんですが、大変おもしろいコンセプトで、作品も大変おもしろいと思うんですが、人間のある本質というものと、外面で演じているような、一種の亀裂というかずれのようなものを、逆に作品をずらすことによって、表現されたいというお話だったと思うんですが、そこの中で結果として表現されるものはどういうものなのか、それからモチーフを変えた場合にその手法は様々なモチーフに適用できるのか、その可能性をお伺いできればと思うんですけれども。
 

■質問の時間

中崎: モチーフはいくらでも変えられると思っています。僕はしばらく看板の作品をずっと作っていたんですけど、逆に看板を作る人に見られることは半分心地よくもあって、ある意味便利だったりした部分もあったりしたんが、看板自体が持つ意味とかそこから持つ社会的な役割がウエイトが大きい分、その中で僕が色々マニアックなことを考えたりこういうのをやりたいっていうのがあります。主題として入れている内容も、その形式に引っ張られてしまう怖さがあって、看板っていう形式を一度外したものとか、展覧会とか作品作りを、何とか内容を損なわない状態で作れないか、同じような強度を持った展開が出来ないかを、ここ2、3年くらい試しています。今回のように看板の作品を出す場合もあるんですが、主題として持っている内容が同じようなまんまで出来るような展開の可能性は持っています。もう一つの質問ですが、内容の真実と表層のうそといったら変ですけど、そこまでのギャップではなく、両方があって一つの個体が存在するとは思うんですよ。けど、そこの両者の間にズレが絶対あるんじゃないかというのが、イメージっていうか、僕の捉え方としては強くて、一つ表層の部分を過剰に何か展開していったときにその二つの距離がまずあるというのを僕自身も認識したい。たぶんそれをやろうと思ったのが、僕が些細なところで、それはお店に対して思うことかもしれないし、他人に対して思うことかもしれないし、僕自身が思ったことかもしれないですけれど、あっ、これは何か距離があるなという、初めてテープレコーダで声を聞いたときに、誰の声だ、みたいな感じのそういう距離をまず感じて、その距離があるっていうことを、まず一つ言いたい。それを自覚というか、確認した上でなければ何かそれを縮める行為と言ったら変だけど、そっちのほうに行けないような感じがあって、その距離を明確にするのと、どうやって近づこうとするのか、それとも分けたまんまでいくのか、人それぞれだと思うんですけれど、そういった二つぐらいのことが自分の中では、作品の中では、同時に入ってきていると思います。 

岡部: そろそろ時間ですが、是非という質問がありましたら、もうお一人だけ受けたいです。はいどうぞ。

男性: 鈴木さんに質問ですが、鈴木さんは映像作品や写真作品、いつも外で撮っているものが多いじゃないですか。映っている人も後ろ姿だったり、何気ない姿だったり。そういうのと実際にパフォーマンスをやる、人前に出るのは、立ち位置が違うと思うんですが、そこで何か鈴木さんご自身が意識されていることがもしありましたら。 

鈴木: パフォーマンスはですね、基本的には嫌々ながらやっているんですよね(会場も笑)したくないなぁーと。ただ考えたり色々と状況を見てですね、ああこれは、せざるを得ないなということになって、しちゃうんですよ。だからまぁ、質問の答えになっているかもしれませんが、パフォーマンスは相当頑張りますよね。自分の中でテンションを上げます。やるぞーみたいな。映像は結構自然に撮っています。自然にというか努力する必要がないから楽でいいですよね。こうボタンを押すだけでいいので。すごく楽で楽しいです。ただ編集は大変ですけれどね。ずーっと見ているので。ずーっと見て途中で寝ちゃいますけど。あの見てます。はい。ただですね、さっき肉体の話、身体の話をしましたが、映像で人が歩いている姿も美しいと思うし、どこでどう切るか、どういう場面転換をするかは、僕の中では身体的なことだと思っています。そういった意味では映像の編集もパフォーマンスかもしれません。 

岡部: ありがとうございました。今日のパーティーは特別に、溜池にある、フランスレストランのアンテーズというところのオーナーの方から、とても珍しい、ブーダンというフランスの血のソーセージをプレゼントしていただきましたので、みなさな一口だけでもめしあがって行ってください。赤い丸いソーセージです。では、ごゆっくりご歓談ください。 

(テープ起こし:加藤祐子)