ギャラリートーク

山本一弥x加藤義夫

加藤義夫: 今回はカタログっていいますかリーフレットが二つ置いてあったと思うんですけども、今回はこっちなんですけど。もうひとつ、これ資生堂のやつですよね?資生堂が助成しているADSPっていうやつで、カタログを作ってくれるっていうプログラムで、武蔵野美術大学の教授の岡部あおみさんが書いている。岡部さんが最初暴力的であるというフレーズから始まって、僕は暴力的というよりは可愛いなと思った部分もあったんですけども、その辺の見解が違う。自分の作品のことを二人の人が何か違うことを言っているというところはどういう風に受け止めるんですか?

山本一弥: 自分が作品を作る時に、加藤さんの文章にも少し触れてあると思うんですけども、あまり限定的な見方ができるようにしたくないというのがまず第一にあって、限定的な見方というのは何か答えじゃないですけども、そういうものに到達できる方向にどうしてももっていきたくないというか、どちらかというと絶対答えがないもののほうが、自分は興味があるので、そういう方向で作品を作っています。評論に関しては、そうですね、僕はどういう見方があってもいいと思っている、どうでも良いというとちょっと投げやりな感じもしますけど。どちらも間違っていないというか、確かにそういわれれば、そういう暴力とかそういう部分も関係なくもないと思います。岡部さんは暴力というはっきりしたテーマで文章を書かれているので違和感を覚える人がいても不思議じゃないですね。けれど、作品に対してどんな見方があってもいいと思うので受け入れられますね。 


加藤: 今日は初めてここに来まして、作品を見たんですけども、そうすると過去の作品から読み込んでるものとまた少しズレがあると思うんですけども。彫刻っていうのは色んな素材を今はもう使えるようになったというか使っても全然みんな気にしなくなったんです。ゴミでさえ、いえば彫刻になりえるというか、立体とかオブジェというんですけども。だから大理石とかテラコッタとかブロンズとかいうルネッサンスの時期のね。そういう中で山本さんが作っているのはどのように素材で作っているんですか。 


山本: 作品の素材については、表面からは全然まったく見えないのですが、合板が中に入っています。ベースは合板の積層といって、ただ積み重ねた状態ものから削り出しています。木を使うようになったのは、大学の木彫の授業がきっかけでした。ただ、自分は授業の中でやった丸太から掘り出していく作業に限界があるというか、どうも馴染めなくて、大きな角材を組み合わせて形を作る仕事を始めました。そのうち使っていた素材が角材といっても大げさなものだったので、だんだん馴染みのある素材に興味が出ちゃって、垂木という小さな角材を密集させて作品を作るようになりました。そして、合板を積層する形になって、それがちょっとずつ変化して今につながっています。いきなりではなく自然にここまできちゃったっていうのもありますが、プラスチックだとすごく表面的な感じがしてしまうのと、木の方が絵の具をのせたときに馴染みがいいので、今も続けてやっています。 


加藤: 合板を積層するって、バームクーヘンみたいな感じにみえます? 


山本: そうですね。 


加藤: それでね、ペイントをなさっているんですけど、ペイントをする前っていうのは何か非常に興味があるっていうか、バームクーヘンみたいな彫刻ってどんなんかなというか、それを観たらみんなきっと木という部分にもっと興味を持つというか驚きもあると思うんですけども。彫刻の素材ってわりとそのままの素材で生かせるでしょう。そういう素材そのものの持ち味を生かすという意味では、ペイントすることで結局閉じ込めて隠しちゃって封印しちゃってますよね。 


山本: 丸太から掘り出すのが馴染めなかったっていうのも、すごく近いことなんですが、確かにすごい大きな作品を作ろうと思った時にそれがすっぽり入るような丸太から掘り出すってなるとその素材そのものがすごすぎるというか、どうしても作品になったときに、素材に目がいってしまうっていうのが、自分はどうもひっかかっていて。今はもう完璧に隠れていますけども、最初の頃はちょっと地が見えていたりしていたんですよ。所々塗装がはげていたり、ちょっとこっちのカタログのほうには載っていないですが、ファイルのほうの初期の作品とかだと、結構木目が見えたりとかしていますね。絵の具がのってない状態の話がでたのでどんな感じかというと、今回使った合板は合板といっても、木のチップが密集されたみたいなボードが売っていて、OSBっていう。 


加藤: 圧縮されたような? 


山本: そうですね。それを使っているので、あまり線で見えてこないですけど、もともとが。カタログのやつなんか見るとたぶん線がもっと横に見えると思いますが。そうですね、まさしくバームクーヘンみたいな感じですね。それが縦に積み重なっている感じに見えると思います。 


加藤: 素材の話をしたのは、一つ多くの彫刻家はもともとの素材の持ち味といいますか、特質を最も生かして作っていく人が多いんで、それに反して言えば、FRPっていうのがありますよね?なんか体に悪いやつですけども。あれと間違われたりしません? 


山本: しますね。(笑)普通に質問をされる前にもうすでにFRPだと思っている方が多いみたいで。まぁあまり専門の人でない限り、そんなに素材を気にしないというか、たぶん彫刻というか立体をわりと専門にやっている方とかだったら、気にして、あぁこれは樹脂だなとかいうかんじで観ていると思いますが。ただまぁ木が入っているというと結構びっくりされますね、リアクションが結構いいですね。 


加藤: なぜそれを聞いたかというと、樹脂で固めて作るのとこれいわゆるカービングというか削り取っていくでしょ?だからいわゆる彫刻というか刻むっていうとこがあって、樹脂って型でとってごーんと抜くわけですけども、そういう意味ではずいぶん手法的には違うわけですけども、ご本人的に不本意な見られ方をするような形で見えてしまうので、それをこれプラスチックとか樹脂でしょ?って言われたら気分悪いんじゃない?って思って。でもそういう見せ方を逆に逆手にとってしてる、ま、言えばこれ無意味なものの意味みたいなところもあるんですけども。結局そういうものにあまり意味を持たせないように作るために形と色っていうところで、作っちゃってるんでしょうか? 


山本: そうですね。ええ。まったくその通りで。別にFRPと言われても全然嫌ではなくて、確かに軽いし、楽かどうかはまた制作方法が全く異なるので比べることはできないと思いますが、全然そのへんはいいかな、と。出てきたものが結果で、それが全てかなと。さっき少し木を使っていることに関してお話をしましたが、こっちのほうが性にあってるというのもあったり、FRPだとどうしても工程でこういう形を作って型取りを経て、型取りした後って結構もう動かせなくなっちゃうんですけど、こっちの方が厚みのある分まだちょっと悩める時間もあったりして、そういうのも気にいっているだけなので、まあ見た人はあんまり関係ないかなという気がしています。 


加藤: (リーフレットを指して)このテキストにも書いたんですけども自分が考えているようなことっていうか、頭の中のことって、そんなに大したことではなくって、やっぱり驚きとかひらめきとか感性っていうのはいわゆる五感の外にあるようなものっていうか、六感みたいって言われるものだと思うんですよね。そこの世界のほうが圧倒的に不思議なものであったり気になるようなもんっていうのをアーティストっていう人たちは気になって作っているんですよ。コンセプトを明確に言える人もいてるんですけども、そうするとそれは限定されてしまうから、その作品の見る人の余裕がなくなっちゃうっていうか、本人もそうだと思うんですけども。そうすると、あんま面白くないんじゃないかと思ったり。で、岡部さんが書いてるものと僕が書いてるものの視点が違うんですけども、こういうふうにいろんな人が見て、多面的にとか多角的にというか複眼的に見える作品がやはり面白いなと僕は思っていたんで、山本さんはそのことをよく知っていてそういうモノの作り方をしているんだろうなということで書いたんですけども。それでご本人的にはこれをどう説明をされるというか。 


山本: 今回の出品作品についてですか?コンセプトの話が出ましたが、僕全くノープランで、場所によってどうしても入らないものとか、相性みたいなものもありますから、最初にスペースをみて考え始めるんですけが、大体思いつくものは、なんでそれやろうかなとかなって思ったのか分からないんですよ。ただ何か分からないけどウエディングドレスっていうのがすごく自分の中でずっとひっかかっていて、制作ノートみたいなものに、わりと度々今まで登場していまして、それでドレスを作ろうと思いました。結果としてこういう形になっていますが、過程の中で中に人間が入っていたりとか、手が出ていたりとか、いろんなパターンが変わってきてここにきています。今回の出品作品はマネキンつながりですね。展覧会テーマが今回あったので、「生命の部屋」にどう絡んでいくかというのは、意識しすぎないようにはしましたが、それを踏まえてもドレスがどうしても作りたいなって。 


加藤: それでドレスっていうのを最初に思い浮かぶと思うんですけども、それは前から作りたかったものなのか、この空間をみてやはりなんか思い浮かんだものってどっちなんですか? 


山本: 前からひっかかっていることはひっかかっていて、ただその場所とか今回テーマがついていたので、それと合わせてっていう形ですね。 


加藤: 今二つのトルソーみたいなものがありますけども、それにはいわゆる花柄のペイントをされてまして、こっちは純粋無垢な白色というものですけども、これはどう考えたらいいんでしょうか? 


山本: 花を描くパターンのものってわりとよくやっているんですけども、花を描くものっていうのは最初に思いついた時点である程度決まっていて、おそらく花柄がついているものが単色になったところを想像すると分かりやすいと思いますが、結構そのもの自体が強すぎるというか、意味性というかそういうものが極端に強いとやはり自分の中で、どこかではぐらかしたい気持ちがありまして、それで、それを馴染ませるというかあいまいなものにするために描いていますね。ドレスのほうに関しては描くつもりが最初からなくて、これでいいだろうっていう感じでした。 


加藤: いつもわりとはまりそうになるとずらすっていうような方法論で作ってきてるっていう感じですか? 


山本: はい。はまりそうというか、自分のニュアンスとずれているというほうがいいかもしれないですね。それがはまりそうっていう形になるのかもしれないですけど。極端に気持ち悪いものに見えたりとか生々しかったりとか、モノ自体が強すぎるというか自分の行かせたい方向、行かせたい方向っていのもわりとなんとなく右斜め前みたいな漠然とした感じなんですけども、それからはちょっとはずれているかなっていうときに描きますね。 


加藤: 色を塗られてるっていうのはひとつの特徴的なとこだと思うんですけども。この花柄みたいなものもどこから浮かんできたというかひらめきというか、なんですか? 


山本: どちらかといえば形で作品を思いつくというよりも、言葉で思いつくことのほうが多くて、キューピーを作った時もキューピーを作ろうっていう感じじゃなくて、「キューピーの頭」という言葉の並びを聞いたときにピンときたんです。初めて花柄を描いたのも「肉と花柄」という言葉の組み合わせがきっかけになって肉に花を描きました。 


加藤: そうなんですか。詩というかポエムみたいなものなのか何かよくわからないけど、そういうことで何と何々、その間を作ろうというところからスタートするんですね、きっと。言葉としての単語なんだけど、その異質なものがこうポーンと浮く間と間の関係を考えようとしてものを作り出すという。 


山本: そうですね、絵の具の混色みたいな感じかなと思います。 


加藤: なるほどね、だからこういうふうな変な組み合わせっていうたらあれですが。コンセプトうんぬんっていうよりかなりすごいコンセプトかもしれないね。逆にいうと。回りまわって。もともとはそういうふうに考えてるというところで、その間を作っていく、間をどう空間を作って埋めるかっていう環境を作ろうとしているっていうところはある。 


山本: その間っていうのが結局人の観た感想なりそういうものになるかなと思うんですけども。 


加藤: それぞれの個人的なモノを観るときのイメージがあると思うんですけども、具体的なものなんだけど、花柄であったりとかいうので、個々の記憶の中のイメージと山本さんのイメージが色々思ったりずれたりする部分が、もっと膨らんでいくっていうところを結構面白がって作っていると思うんです。 


山本: そうですね。 


加藤: 今非常に僕自身が分かりやすくなったんですけれども、言葉から入るっていう部分は非常にそのへんのことを、コンセプトから逃げてるけれども最もコンセプチュアルかもしれないなと今思いはじめました。(笑)逆に。そういうところを、だから意味性のないモノのまさに意味性を問うというか、そういうところのコンセプトをかなりがっちり固めてるっていうかそういうふうに適当に作っているっていうようなニュアンスを持たせながら、かなり厳密にもともと言葉というイメージをまず視覚的なものじゃなくて作っていくからかなりコンセプチュアルアートかもしれませんね、これ。 


山本: 笑。今度コンセプトがないっていわれたらそう言い返してみます。 


加藤: そうそう。だからそれがコンセプトっていうことじゃないのかな。 


山本: そうですね。裏返していけばそういうことになりますね。