ギャラリー・トーク

塩﨑由美子x伊藤哲x坂田峰夫x鷹見明彦

2008年3月7日(金)



鷹見: この展覧会を企画しました美術評論家の鷹見です。はじめに今回の展覧会について説明をさせていただきたいと思います。「フローラ新本草図譜集」というタイトル、「フローラ」といえば、ふつうは「花」ですが、もともとのラテン語では、「植物誌」というような意味があります。植物誌は簡単に言うと、植物図鑑の元になるような花とか植物を分類した図鑑というふうに考えていただきたい。この展覧会は、分類学の父―カール・フォン・リンネ生誕300年記念の一環して、スウェーデン大使館からご後援をいただきました。リンネは、スウェーデンが生んだ偉大な植物学者、18世紀の人ですけども、去年2007年が、そのリンネの生誕300年に当たっていました。母国のスウェーデンや世界各国でリンネを記念するいろいろな催しがあって、スウェーデンでの式典には、日本の天皇陛下も出席されました。天皇家と生物学はご縁が深いですからね。日本でも、上野の国立科学博物館で開かれた「花」展の中でリンネの業績が顕彰されました。リンネという人には前から関心があったこともあって、植物をモチーフに扱っている作家たちと一緒にリンネに関連する展覧会ができればというふうに思ったのが、この企画の始まりでした。

リンネについて最初に少しお話をすると、その業績はいくつもありますが、一般的に言うと植物を分類して、分類による命名をおこなった、それを最初に体系的にやった人です。植物や動物、生物というのは、それぞれの地域で異なりますが、地球のそれぞれの場所が遠かった時代には、各地のちがった言葉で名前が付けられバラバラに分類されているだけでした。それをリンネは、すべてラテン語というひとつの共通語によって名づけて、共通する分類を行おうとしました。ラテン語によるその名称が「学名」になって、ユリとかスギといったある国や地域での名前とは別に、学名という共通の名称ができたのです。いまのわたしたちの感覚でいうと、英語が共通語ですけれども、300年前くらいまではラテン語が共通語の役割を果たしていました。ローマ帝国が世界のかなりの部分を西方から統一していった時代が長くあって、それを背景にいわゆる科学や近代文化の基礎となる体系が、ラテン語の共通表記によって行われたのです。たとえば人間を「ホモ・サピエンス」といいますが、これもラテン語でリンネが名づけた人間の分類上の学名です。

生誕300年ということは、1706年に生まれて18世紀という時代を生きた人ですけれども、それは大航海時代とも呼ばれた時代でした。ヨーロッパの国々が世界に進出して植民地を造っていった時代です。その時代は船の航海など交通の問題からすると、まだまだ世界は広く遠かったけれども、コロンブスをはじめいろいろな人たちが世界の各地に行って、さまざまなものを彼らの側として発見し、それを持ち帰ったり研究したり名づけたり、そういうことが行われることで、いま、わたしたちが近代そして現代というような、地球がだんだんひとつになってくるーそうした時代の基礎が作られた時代でした。そうした変化によって植物学や博物学が盛んになった時代だったのです。最初は実用的な、たとえば食糧や薬、香料などの材料を求めて行ったのが目的だったと思いますが、それがしだいに異世界のもの珍しい風物への関心や、学問として研究する目的に分かれていきました。当時の王や貴族、ブルジョアがコレクターやスポンサーになって、博物学の流行といった文化現象が起こりました。啓蒙の時代のなかで、今日の博物館や動物園や植物園の元になる収集とか、博物誌や図鑑など体系化された書物が一斉にできてきました。そうした時代の真っただ中に生きて、時代を切り開いていったのがリンネという人です。リンネはスウェーデンという北の国に生まれました。それも少し特殊でしたが、カリスマ的な魅力があったようで、いっぱいお弟子さんを作りました。ヨーロッパでは大学が各地にできてから、すでに長い歴史がありましたが、リンネはウプサラ大学という有名な古い大学の先生になって、そこでたくさん弟子を養成して、そういう人たちが大航海時代の船に乗って世界各地へと出て行ったのです。行った先々で植物を収集して、さまざまな標本や報告を持ち帰りました。今風に言うと、ネットワークを当時いちばん大きな規模で作り上げたのがリンネだったのです。リンネ以前にも情報を集めた人はいたけれど、いまで言うフィールドワーク―現地に行って現地のものを収集して、それを体系化する。徹底的にそれをやったのがリンネだったのです。

今回のDMとリーフレットの表紙にあるのが、リンネの肖像画です。スウェーデンの北にラップランドという地域があり、そこはエスキモーに近いラップ人という民族が住んでいる地域ですが、リンネは若い時に採集旅行に行っています。この銅版画の肖像は、現地の民族衣装を着た若き日のリンネです。自分の原体験、そこで得た世界への可能性を、弟子たちを通してグローバルなスケールで実現していった。もちろんこの時代というのは、近代を用意しながらまだキリスト教の下に世の中が成り立っていて、リンネ自身も神の完全な意志によって世界がいかに完璧に創られているかを証明したいという意欲に燃えて、それを実現しようとしたのです。そうした意図を持っておこなわれたことでも、やがて地球が丸いことがわかってくるとか、多様なものごとを体系していくことで世界が相対化されるとか、新しい時代の価値観が神のための意図をこえて用意されていく、そういう過渡期でした。
これをわたしたちの側から見ると、日本は江戸時代、当時はご存知のように鎖国中でした。鎖国をしながら長崎の出島を開けて、そこを通してある程度の外交もあったし、西洋の文物や情報もはいってきました。リンネの弟子たちもそうでしたが、オランダの東インド会社という一番大きなアジアのセンターがインドにあって、その支店のように長崎にオランダの出島があった。そこを窓口にいろんな西洋人が出入りをしていた。皆さんが聞いたことがある名前では、シーボルトという人がいます。シーボルトはドイツ人ですが、オランダの医者として雇われて日本に来ました。さっきも言ったようにその時代は博物学とか植物学が盛んだったので、それで最初の日本の植物誌を作って、それをヨーロッパに伝えました。その後にもツューンベリーという人、これはリンネの一番弟子ですが、この人も日本に長い間滞在して植物誌を作りました。こうした人々によって日本の植物誌が編纂されたのです。その時に日本側にも協力した人たちがいました。

この展覧会のタイトルは、「フローラ新本草図譜集」ですが、東洋では本草学が長い歴史を持っていました。漢方薬を作ることを目的として植物を採集したり研究をしていたわけです。西洋から来た博物学者に本草学者たちが協力しました。それから植物誌には絵がたくさん入っていますが、当時はまだ写真がなかったので、図鑑の絵を描く画家たちがいたわけです。西洋の植物誌はおもに銅版画で作られていましたが、こちらでは本草図でした。川原慶賀や清水東谷といった絵師たちが、西洋の博物画の描き方を学んでその図法によって腕をふるっていくといった交流が行われました。そうした共同事業によって誕生した「日本植物誌(フローラ・ジャポニカ)」(1835-1870)は、東西の科学と芸術の結晶であったわけです。それで、リンネ生誕300年という記念の年に合わせて、〈新しい本草図譜集〉ができないか…というのが、この展覧会をやろうとした時にわたしが考えたヴィジョンだったのです。それぞれ違った方法で作品を作っている人たちを集めたら面白い展覧会になるのではというのも、ひとつのアイデアでした。ホログラフィー、簡単に言うと立体写真のようなものですが、そうした映像と写真による作品の塩﨑由美子さん、それから伝統的な日本の絵画、東洋的な画法を用いた伊藤哲さんの絵画。そしてフォトグラムという、これも写真に関わる技法ですが、近代に生まれた写真技術の元の方法を使う坂田峰夫さん。それぞれの作品のアンサンブルで、植物という現象を手がかりに形や像として現れる世界の奧に通じるような展覧会をと思った次第です。
まずはじめに、塩﨑由美子さんですが、塩﨑さんは、武蔵野美術大学を卒業後、1993年にロンドンへ、その後スウェーデンに渡って、長く向こうと日本を行き来しながら活動されています。今回はスウェーデンに生まれたリンネに関する展覧会でもあり、出品をお願いしました。

塩﨑: 塩﨑です、はじめまして。今回鷹見さんからリンネと関わりのあるこの展覧会のお話をいただいて、わたし自身とても花が好きだったものですから嬉しかったです。それと、この展覧会を機にいわゆるリンネという人のものの見方だとか、彼の体系がどういうふうに作られていったかっていうことを、わたしも考えたり学んだりしながら、もう一度自分の作品へフィードバックしていくことができたので、ほんとうに良い機会だったと思います。わたしの作品のなかに押し花にして使っているリンネ草っていう花の名前は、みなさんも耳にしたことがあるかもしれませんが、リンネはこの花に自分の名前を付けているんですね。みなさんのお手元にあるリーフレットの表紙の肖像画で、リンネが手に持っている可愛いお花があるんですけれども、その花をとっても彼自身が好きだったんですね。たまたま、わたしがよく行く機会があったスウェーデンの南のスモーランドっていう地方で、リンネは生まれて幼少期を過ごしました。その地域では、初夏には人があまり足を踏み入れないような人里離れた所とか森の片隅とかに、リンネ草の花がパァーといっぱい咲くのです。リンネが子どものころから親しんでいたその花に、自分の名前を付けたと、そういう話などが調べて分かってくると、あっ、あれがリンネの花だったんだとか、わたし自身は学者でも何でもないので、今まで気が付かなかったことに改めて気が付くきっかけが出来たっていうのが、とても良かったなと思います。

今回出品した写真を使った作品は、これまでわたしが訪ねたり滞在した場所で撮った写真と、その土地で収集した花を押し花にして組み合わせて、それにドローイングを加えています。花っていうのはいろんな場所に広がっていくと、少しずつ大きさが変わったり、茎の長さが変わったり、葉っぱの形が変わったりして土地によって少しずつ変形していくんですけれど、そういった花や植物の様子を感じながら、スウェーデンの写真だけではなくて、別の機会に行ったことのある土地の写真も組み合わせています。細かいことですけれども、ツリガネ草とかカンパネラとか同じような釣り鐘の形をした花などでも、地域がちがうと少しずつ花の大きさや葉っぱの形がちがったり、花が上向いたり下向いたりするのだなっていうことを、今回はいろいろと感じながら新しい作品を作らせていただきました。

鷹見: スウェーデン以外の場所の写真と、押し花の組み合わせについても話してください。

塩﨑: いちばん右側の作品はイギリスのロンドンの水面ですけれども、それと、その左の作品で右側に組み合わせた写真は、ウェールズですね。そういう所でも花の収集をしているので。それから写真は、わたしの場合、直感によって組み合わせているんです。それと押し花について言えば、昔の物を整理していた時に、小学校とか子どもの頃のノートブックが出てきて、その中に同じような押し花がいっぱい入っていたので、歳をとっても小さい頃からやっていることはあまり進歩していないんだなって思いました(笑)。

鷹見: 写真と押し花の作品と一緒に展示されている、フォト・グラヴュールという技法を使った作品のことを話してください。

塩﨑: ロンドンに住んでいた時に、近くのアンティーク・マーケット(骨董市)に週末とかによく行ったのですけども。そこでわりと親しくしていたカメラとか写真関係の物を売っているアンティーク・ショップのお兄さんから、カメラ部品かなんかを買った時に、おまけに古いフィルムをいただいたんです。むこうでは、たとえばおばあさんやおじいさんとかが亡くなると、その方が使っていた食器などいろんなものをひとまとめにして、アンティーク・ショップに下取りしてもらうことが多いみたいですね。だからアンティーク・ショップなどに行くと、古いポストカードやフィルムとか家族のアルバムとか、本当に素敵な古い物が所狭しと売られていたりするんです。ロンドンでそのときいただいた古いフィルムをずっといじらなかったんですが、数年後にストックホルムでそのフィルムから写真を焼いてみたら、家族の肖像がたくさん写っていました。それは知らない家族の肖像でしたが、肖像写真とか記念写真っていうのは撮るときに全員がカメラの方を向くので、みんながこっちを向いて何かを語りかけてくるような気がしたのと、わたしとその見知らぬ家族との間には時代を超えた交流があるような気がして、深い親しみを覚えたんですね。それで、これを作品にしてみようと思って、当時使うことが出来たフォト・グラヴュールという古い版の技法があって、そのフィルムを使ってみたわけです。その際に各地でずっと作っていた押し花を、自分の代わりにそれぞれのフィルムの上に置いて作品の一部にしました。

鷹見: フィルムの上に?

塩﨑: 押し花をフィルムの上にじかに置いて、それで版を作って、それをまた刷って作る手法です。

鷹見: 何か写真のなかに黒いものが入っていますが。

塩﨑: これが押し花の影です。

鷹見: その影は、自分の分身でもあると…。

塩﨑: そうなんですね。要するに実体はない、影ですね。影が黒い穴になって抜けているっていう形ですね。

鷹見: では、向こうの部屋のホログラムの作品についてお願いします。

塩﨑: あちらの暗くした小さい部屋の中に、坂田さんのフォトグラムの作品と一緒にわたしのホログラムの作品が展示してあります。ホログラムっていうと最初に鷹見さんがおっしゃったように、一般的には、「立体写真」と言われることも多いのですが、わたしはあまり「立体写真」っていう言葉は使いたくないんです。平面というよりも、空間性を持って見ることが出来る技法というか、いろいろな分類方法があって。手前の、右側の壁の作品は、ホログラムの中でもステレオグラムという種類のものです。写真をベースにした画面をたくさん組み合わせて、その平面の組み合わせによって時間の流れや視点の動きを再現するというか、わたしがある時間の中で見ていた空間やその空間の中でのわたしの動きなどを、そのわたしの視線の流れを人が追って感じられるように作った作品なんですね。ですから立体か平面かというよりも、時間の厚みとか空間の流れを再現した作品と言ったほうがいいでしょう。ご覧になる時に片目で見たほうが、そういった感じが分かりやすいかもしれません。というのは、人間は両目で見て立体視するので、片目で見るとその平面の重なり具合が分かりやすいんですね。それから正面の2点の作品は、ホログラムと写真を組み合わせた作品です。先ほどの押し花を使った作品と同じリンネが生まれ育ったスモーランドで撮った写真と、今度はホログラムにした花の影を組み合わせたものです。正面の右の作品は、リンネ草の花が枯れて葉っぱだけになったところを撮ったものです。左側の作品は同じように、スウェーデンの南のスモーランド地方の、人がほとんど足を踏み入れないような土地のきれいな水のせせらぎのある所を撮った写真に、花を押し花の代わりにホログラムにして重ねた作品です。

鷹見: ホログラムの作品は、ライティングによって見えてくるのですか?

塩﨑: この部屋の照明のように、フラットな光や蛍光灯でも見えなくはないですが、いま再生している照明器具は、ハロゲンライトといって、わりと光源が点に近いライトなんですね。点に近い光源だと、見る場合にピントが合いやすいんです。何か作品や光に仕かけがあるというわけではなくて、点光源に近い再生光の方がものが見やすいということです。

鷹見: 写真とホログラムのちがいについては?

塩﨑: ホログラムの場合は、ガラス乾板なんです。ガラス乾板の乳剤の上に花の情報が入っているんです。その入り方っていうのが、写真だと1点にはひとつの方向からの情報しか入らないんですけれども、ホログラムの場合は、物体の1点1点に光が当たった全角度からの情報が入っているので、ちょっと見ると物がいろんな角度から見えるようになっているんですね。それと物を実際に撮影した時にあった位置に、光によって再生するっていうことなんです。要するにフィルムとオブジェクトの関係があるんです、距離感だとか。それで結局、元あった位置に焦点が結ばれるというような関係になっているんですけど。

鷹見: つぎは、伊藤哲さん。こちらの大きな7メートルの大作絵画です。

伊藤: わたしの場合、花に対する想いというのは、日本人にとって花とは何かとか、そういうことにすごく興味を持ちまして。たぶん日本人っていうのは、自然豊かなこの国で育った感性によって花とか草に人生を重ね合わせて見ている。それは植物学とはまったく対極のところかもしれません。そういうふうに自然を見てきたんではないかと自分はいつも思っていました。それが日本のデザインになったり、日本画の出発点になったんだと思うんですね。つまりそれは写実ではなくて、心の中の花、四季折々に咲いては枯れてまた咲いては枯れる、螺旋のような歴史をたどってきたわけですけれども、特にその中でも自分が大切にしているのは、花鳥風月とか、雪月花とか、そういった言葉が出来るまでに日本人が自然に抱いてきた想いみたいなものの、その蓄積で、それがすべてに行きわたっているのが、日本の文化なんじゃないかなと思いましてね。すごく興味を持って、自分はその道を進んでいるわけなんですけれども。

鷹見: 今回のリーフレットの伊藤くんのページは、これまでに作られてきた作品のカタログになっていますが、ここにも絵と和歌が並んでいるように、伊藤くんの場合は、古今集とか新古今とか、そういう古い和歌からインスピレーションを受けて制作されている。その歌の中に詠まれた花鳥風月、今回の出品作はおもに花や植物ですが、和歌と絵画との関係はどんな感じでしょうか?

伊藤: 日本ではもともと特定の宗教よりも、八百万の神みたいなものを崇拝してきたわけですね。そういう積み重ねがあって、古今集や新古今集など和歌の中に詠い込まれている花に対する想いとか、風景であるとか、そこに人の想いを投影して詠んである歌を読んだりすると、自分も共感する部分があるんです。もう1000年も昔に編まれた歌集なんですが、今の自分と同じような気持ちがオーバーラップしてきたりするのがすごく面白くて。僕は古今和歌集を読んだときに、あぁ、これは日本人のバイブルだな、と思ったんですね。そこからはたくさんの絵のアイデアも出てくるし、そういった意味で非常に自分にとっては大切なものですね。

鷹見: 和歌といえば、まず一般には万葉集ですが、万葉は古代というか、古代人の言霊や原始的な感覚の世界につながっている。それが古今集、そして新古今集の時代になると、人工的に洗練されていくわけですね。で、いまこの絵が源にしている大和絵のように、今風に言うとデザイン的な、そういうエッセンスとしての形や文様に昇華されていった歴史があった。日本の時代とはずれますが、リンネが生きた時代―18世紀とその前までの時代にも差があって、むこうでいうロココ時代ですが、その前にバロックがあり、戦乱がつづいたりペストが流行ったり、そうした暗黒時代のあとに訪れたロココには、人工的な洗練と典雅の面の裏に無常を潜めた美学がある。そういうことも、あらためて今回の作品を観て考えたことですね。あと、その「連画」という形式、連なる画ですけど、この形式についてはどうですか?

伊藤: このスタイルに行き着くまでにまず初めに考えたことは、西洋絵画における窓枠的な考え方、それは窓枠があってそのなかに奥行きがあってというように、パースペクティブ(遠近法)が生まれて、それが最終的には抽象とかミニマルアートになってしまうんですけれども。そういった考え方ではないところから出発したいなっていうのがあったんですよ。そこに入っていくと結局絵画とは何かっていう問題が出てきて、いわゆるフォーマルな現代絵画の流れに入ってしまって、蟻地獄みたいなところにはいり込んでしまうのが分かったんです。そこで自分が思ったのは、絵巻物や障壁画における時間の流れだとか、もともと日本人っていうのは何かを区切るんではなくて、ずるずると流れていくような、何かを言い切るんではなくて、日本の小説なんかでも終わり方が、これで終わったの?というような感じで終わっていくとかね、そういう終わり方、起承転結ではなくて、曖昧に終わっていく世界っていうのが面白いと思いまして。実際自分もそういうふうに物ごとを見て感じているよなっていうのが、自分の実感としてあったわけですね。絵画のなかで、現代の絵画でそういった時間の流れというか絵巻的展開をね、やってみたいなっていうのがあったんですね。そういった連画的な絵を、次から次へ連なっていくようなスタイルを作ることによって、1点1点は完結しているが、四季を追って流れていくような、いつまでも終わらないような世界を作りあげたいと思いまして。

鷹見: 伊藤くんは、ニューヨークでの個展が重なっていて、この展覧会のセッティングをして、すぐニューヨークに行って、つい一昨日帰ってきたわけですが、その話を少ししてください。

伊藤: やはり自分が住んでいない、まっさらな土地に絵を持っていって、はじめての人々と絵画を通して交流するわけですよね。要するに絵を通してのコミュニケーションですが、幸い非常にいい感じで受け入れてもらえて。まぁ興味を示さない人は、まったく示しませんからね、向こうはお世辞言いませんので、通り過ぎていくんですけども。すごく興味を持ってくださる方は本当に涙を流して喜んでくれるというか、やっぱり彼らにとってみればこういった、わたしのような絵画が新しく見えたんでしょうし、心に響いたってことはとっても嬉しいですよね。

鷹見: ニューヨークの空間の中に作品を置いてみて、どんな感じがしました?何か発見はありましたか?

伊藤: 発見というか、確信みたいなものは持てた気がしますね。やっぱり伝わるんだなっていう。それがすごく嬉しかったですね。わたしは英語もそんな上手じゃありませんし、喋れないんですけども、絵を通して分かりあえるという事が基本的でいちばんの原点なんだと。その原点の部分で、あっ、絵でコミュニケーションしていくんだなっていう。どこに持って行ってもヴィジュアル言語は伝わるわけですしね。わたしたちが考えてるようには彼らは見ないかもしれないけども。とっても刺激的な交流でしたね。それから、今回個展をしたのは、「アート・エキスポ」っていうアートフェアなんですが、世界中からたくさんの画廊のブースが出ていました。すごく気になったのは、個展形式でやってるのは、日本人ではわたし1人だけだったんですよ。日本はこうした面では冷え込んじゃってて、出す画廊も少ないし、それだけ国際的に経済が動かないってことですね。それに対して、アジアでは韓国が凄かったんですよ。韓国の政府がどういうふうに美術を援助しているか分かりませんけども。とにかく日本は元気ないなって感じがすごくあってですね、大丈夫かなって感じがしましたね。

鷹見: それでは、坂田峰夫さん。

坂田: 白黒の写真を出しています、坂田です。僕の使っているモチーフは、植物学に則って系統立てられたものでは、まったくありません。日常に出逢った身近な花ばかりで、花屋さんで偶然出逢ったり道端で見かけたもの、あるいは家で育てたものを使っています。花については、できるだけニュートラルに接しようとしています。花にはそれぞれに物語があって、すでに花そのものが物語っていることがたくさんあると思うんですよね、花を見る人の側にも。それに自分の想うところを入れてしまうと、なかなか表現しきれないというか、だからなるべくニュートラルに接することによって、花の魅力というか、そういうものが出てくると思っています。できるだけ自分を殺すというか、それぞれにその花に出逢った時のちょっとした物語は個人的にあるにはあるのですが、そういうことはできるだけ排除して、できるだけクールに冷たく突き放す方向で接しています。僕のフォトグラムは、写真の素材を使って写真に近い表現というか、僕はそれを写真だとは思ってなくて、ただ光で描いている絵のような、そういう感覚で制作しているんですが。

鷹見: 坂田くんの写真は、全部フォトグラムですね。

坂田: フォトグラムは、印画紙があって物をのせて光を上からあてると物のシルエットが白く残るんですね。それを、もうちょっとディテールが出ないかだとか、もう少し表情が豊かにならないかなとか、いろいろ試行錯誤をしながら、どちらかというと顕微鏡やレントゲン写真などに近いですね。僕の場合も直接印画紙に焼き付けるのは同じですが、作品自体は1点ものですね、基本的に。短い時間に2枚3枚作ることがあるけれども、花はやっぱり生き物ですから、ちょっとずつ開いたりちょっとずつ曲がったりしていくんですね。

鷹見: さっき言っていたような、花に対するニュートラルな関わり方というのは、フォトグラムという方法にどう結びついているのですか?

坂田: それは出来心というか、はじめは遊びでやってた技法なんですね。そんなに深い意味はなくて、普通に旅行の写真を自分で焼いている合間に、ちょっとこんなことしたら面白いかな、みたいな感じで始めたことを、もう10何年くり返してやってるんですけど…やっぱり花って難しいんですよ。そのまま誰が撮ってもきれいだし、それなりに見えるんですけれども。やっぱりもうちょっと真剣に見ていくと、そんなに簡単にはきれいに撮れなくて。ずるずると、こんなふうに暗闇を歩き続けているというか、そんな感じでしょうか。

鷹見: 今回の展示では、同じ形式のフォトグラムの作品を、明るい部屋と塩﨑さんのホログラムのある暗い部屋にも並べて、暗い部屋は照明を抑えて展示したわけですが。

坂田: 展示のことでいうと、僕はいままで個展ばっかりなんですね。それで他の作家の方々との展覧会をこうやって、ちゃんと企画してもらったのは10数年ぶりぐらいで、とても刺激になりました。僕の作品は黒いので、いつも正面に額のガラスが入っていて見づらいんですよね。向かい側に物や作品があると必ず映り込みますから。個展だと出来るだけ何も置かないようにして、暗くして展示するのが基本なんですね。ガラスを外すこともできるんですけど、いろいろ汚れたりとかするのが怖いので、普段は入れてるんです。今回はそういうことをまったくしないで、もう、どーだ!って感じで出すというのも、なかなかドキドキしたというか(笑)。

鷹見: この展覧会全体についての感想と話の補足があれば。伊藤くんはニューヨークからもどって、この展覧会をゆっくり見たのは、今日が初めてですね。

伊藤: 3人のアプローチの仕方というのは、ぜんぜん違うやり方なんで、そういうそれぞれの物の見方はすごく面白いと思ったし、1点1点見ていくと味わい深いものがあって。やっぱり鷹見さんが選ばれた方たちだなと思いました。自分の話の続きになってしまいますが、今回の新作は、かなりアブストラクトな見せ方で見せたいなと思いまして。タイトルが『春花秋草』っていって、春の花、秋の草っていうテーマに絞らせてもらいました。日本人にとっての春秋とは、みたいなね。そこまで気持ちの中へ降りていったんですけれども。桃山時代などにあった金箔の障壁画にその典型を想い、そこに心の中に焼き付いている桜とか秋の草、ススキとか、そういったものをあえて色彩を用いずに胡粉と箔でレリーフ状にして描きました。そこに光が当たることによって、ほのかに見えたり、まったく見えなかったりするところに、心の中の花とか草というものを浮かび上がらせることが出来たらなと思いまして。

鷹見: これまでの作品から、今回かなりそのあたりは新しい領域に達しましたね。

伊藤: この技法がだんだん自分のものになってきたので、去年の初めくらいに小さいので試してみたんですよ。それで面白いなと思って、今回大きくしてやってみようかなと思ったんですけれども。できる限りのことはしたつもりなんですけどね。そこまでしかいえませんけど(笑)。

鷹見: では塩﨑さん。

塩﨑: わたしは個展よりも、いままではグループ展がなぜか多いんです。それはいろいろな方と交わることで、自分がもう少し楽になりたいっていうか、そういう気持ちがおそらくあったからだと思うんですね。どうしても自分の中の世界が強いっていうか、強すぎて、重すぎたので。そういったものが浄化されていく作業を、たぶん求めてきたのではないかと思うんです。今回の展覧会を企画してくださった鷹見さんに感謝するのは、何かさまざまな自分の中の要素を少し整理出来たっていう感じがしたので、それに関してはほんとうに感謝しています。

鷹見: それではこの辺で終わりますけれども、どうもありがとうございました。最後に御後援をいただいたスウェーデン大使館にお礼を申し上げます。