変成態―リアルな現代の物質性 Vol.5 袴田京太朗

photo: Chinese Old Man – Seatter(detail), 2009


2009年10月24日(土)~11月21日(土)

  →Exhibition view

明るいウイルス
天野一夫


袴田京太朗は自らの造型を彫刻であることを公言してはばからない。ただしその造型は確かに何らかの立ちあがった像を結ぶものの、その印象はこれまでの「彫刻」とは異なるものだ。袴田作品は異なる質の物、全く意想外な出自の物どうしを無理やり接合するような、言ってみれば明るい暴力性を持ってきた。作家はかつてこんな印象深いことを記している。「かたちがないはずの場所にかたちをつくる」「積極的にかたちを見出し難い場所を無理矢理押し広げ、僅かに開いた隙間が閉じてしまわないように取りあえず何か挟んでおくようにして・・・かたちを仮に与えている」なるほど時には記号のようなものが彫刻されていたり、本来的な素材からすれば、突然の強姦のような造型。いや、そのたとえはむしろ「天の岩戸」というべきか。その奇妙な創生的な造り物は、現代におけるわれわれの時代のズレ、いびつさを示唆してもいる。その造型は異物としての存在なのだ。近作でも木製の少女像を二つに分断し、横にスライスして、それぞれの欠けた部分を色のアクリル板を積み重ねることで二つの同形の像を二つ作っている。それはたとえを重ねれば、ウイルスとしての彫刻とでも言うべきものだ。根拠の無い場に突然に介入し、増殖するかのようにその形に擬態し、同一形を作り、木彫は多色のアクリル積層の接合のせいで、いわばハレーションを起こし、どちらもがもはやかつての本来的な姿としては見ることができないのだ。そこでは無限に変転する「変成態」に相応しいように、物の素材からの立ち上げをそのままには受け入れない姿勢といえる。今回の新作でも使われるであろう多色のアクリル板は、そのままであれは、ある厚みを持つ平面ではある。その面をサンドペーパーで削りつつ接着することで、「彫刻のようなもの」になるのだ。そこでアクリルの色はあくまで横の層として見えるものとしてのみ扱われている。その同様にプラスチックな人工的素材感による「明るい異物性」はかつての中原浩大のレゴブロックものを想起する。たしかに同様に分解可能性は捨てきれないものの、そこでは平面と立体は往還関係にあるようなのだ。その造型は自らの起源を公言しながらも変態する不穏さを維持しているのだ。
しかしながら近年の作品では、塊のような像としての見えを持ち、一方でかつての仏像や近代彫刻も想起させるものがあるのだ。確かにそこには古典的な彫刻像が再利用されているかのようだ。擬態とは言っても、作家は完全なるアプロプリエーションものを作ろうとはしない。むしろそのような古典的なフレームがあるゆえにそのいびつさはよく機能する。そこにはやけに明るいウイルスのように異物が立ち上がろうとしている。

 

▊袴田京太朗 はかまた・きょうたろう▊

1963年静岡県生まれ。1987年武蔵野美術大学造形学部彫刻学科卒業。1994~95年、文化庁芸術家在外研修員として滞米。1996~97年第5回五島記念文化賞美術新人賞受賞、チベット、ネパールなどに滞在する。主な個展に2008年「1000層(公開制作)」(府中市美術館、東京)、2007年「袴田京太朗展」(コバヤシ画廊、東京)他、ギャラリーエム(愛知)、ギャラリーMAKI(東京)など多数。主なグループ展に、2007年~08「椿会展」(資生堂ギャラリー、東京)、2008年「Outlet 非作品によるブリコラージュ」(銀座芸術研究所、東京)、2006年「THE 4th ART PROGRAM OME 2006 緑化する感性―街道を読む―」(青梅)、2004年「memento mori 袴田京太朗の『奈落の水』と堀部安嗣の『伊豆高原の家』」(法然院講堂、京都)、2003年「越後妻有アートトリエンナーレ2003」(新潟)、2002年「東日本-彫刻39の造形美」(東京ステーションギャラリー、東京)、2001年「第19回現代日本彫刻展」(宇部市野外彫刻美術館、山口)2000年「プラスチックの時代―美術とデザイン―」(埼玉県立近代美術館、埼玉)、1988年「アート/生態系—美術表現の『自然』と『制作』」(宇都宮美術館、栃木)、「VOCA ’98 現代美術の展望―新しい平面の作家たち(上野の森美術館、東京)など。