楽園創造(パラダイス)―芸術と日常の新地平―vol.1 平川ヒロ

photo: 平川ヒロ「机上に開いて読んでいる事(部分)」2013


2013年4月6日(土)~5月11日(土)


踏み越えられた中からパラダイスを求めて 平川ヒロの表現
中井康之

楽園創造(パラダイス)というタイトルによってはじまる今回のαMプロジェクトに最初に登場するのは平川ヒロ、未だ活動間もない作家である。愛知県立芸術大学絵画科を卒業し、当初は、フランス20世紀初頭の遅れてきた印象派とも異名をとる画家ピエール・ボナールを思い起こさせるような暖色系の色彩を中心にした緩やかな絵画を描いていた。同作品がコンペティションで受賞したことにより、発表の場が与えられて開催した個展「となりの部屋のうそつき」が、平川の実質的なデビューとなるだろう。
  同展は、大小2つの展示室によって構成されていた。大きな部屋には上述したようなナビ派風の窓景画(但しそれらは同様の図像が描かれた色彩の変化した連作のようになっていた)が9点展示され、小さな部屋には紐や布、裸電球等の日用品によるインスタレーションが施さていた。その小さな部屋の奥に掛けられていた白い布の集合体が作り出す模様が、風景画と同様の構図を反復することによって、小さな部屋の事物たちも風景画の構造を取っている事に気づく、というような仕掛けが施されていた。平川は、その展示によって絵画を構成する要素を、絵の具のような媒体とカンバスのような支持体のみでなく、その絵画を展示する展示空間や建築物にまで敷衍し、モダニズムの洗礼を受けて捨象されてしまった要素を復活することを考えていた、のであろう。
  ただし、気をつけなければならないのは、絵画をそのようなシステムとして解釈することばかりではなく、解釈したシステムを介することによって新しい表現を獲得するかのような錯覚を起こすことであることは論を俟たないであろう。換言しよう。絵画の構造を捉えなおすことは、制作する立場からも常に問い直される必要がある。そうでなければそのシステムが精度を保つことは無いだろう。しかしながら、そのような鋭意努力によって精度が上がったとしても、その結果としての作品の質を証明することには全くならないこともまた、理の当然なのである。
  少し抽象化したが、平川氏に参加してもらうにあたって生じた様々な経緯も含めての紹介文としてここまで述べてきた。平川が描いていた作品が、ボナールを思い起こさせることは冒頭に述べた。そのボナールという作家は、20世紀初頭、既に時代の趨勢としてはフォーヴィスムやキュビスムの時代となり抽象絵画も生まれていたが、その作家は印象派がやり尽くしてはいなかった「自然主義的な色の受け取り方の克服」という観点からの再解釈を試み、結果的には印象主義を強化するかのような立ち位置によって、独自な境地を獲得したことで知られている。おそらく、平川にとっても新しい何かではなく、踏み越えられ凌駕したと等閑視する世界に、パラダイスを見つけ出す可能性が残されていると思われるのである。平川が、そのような新たな境地を、この展示空間に見出しかつ顕現することを、私は待望するのである。


▊平川ヒロ ひらかわ・ひろ▊
主な個展に2012年「かくぎょうとびしょっぷ」(JIKKA、東京)、2011年「よじのぼったネズミと、くぐりぬけようとするネコ」(TakaIshii Gallery Kyoto、京都)、2010年「となりの部屋のうそつき」(Tokyo wonder site Hongo、東京)など。主なグループ展に2012年「Hong Kong & Japancrossing partnership in creativity」(丸ノ内ビル 1F、東京)、2009年「MONTBLANC youngartist patronage in Japan」(MONTBLANC 銀座本店、東京)など。

(左)「となりの部屋のうそつき」2010,  展示風景
(中)「よじのぼったネズミと、くぐりぬけようとするネコ」2011,  展示風景
(右)「かくぎょうとびしょっぷ」2012,  展示風景