資本空間 –スリー・ディメンショナル・ロジカル・ピクチャーの彼岸
vol.4 鈴木孝幸

「信濃川」Photo: 鈴木孝幸


2015年9月12日(土)~10月17日(土)
11:00~19:00 日月祝休 入場無料


鈴木孝幸 — 楔形のエネルギー                  Inside Looking Out(4)
山本和弘

 石はどのようにして「この場」にもたらされるのだろうか。
 それは人間の労働だけによるものでも、運搬機械だけによるものでもなく、一種のエーテル的媒質によるものであることを鈴木孝幸の新作は示唆している。エーテルとはニュートンが光の伝達媒質として仮定し、マックスウェルが電磁波のそれとして仮定しながらも、アインシュタインによって否定されたものだ。だが、その概念はいまも“イーサ”ネットに名を留めて生きている。つまり地上に遍在する媒質のことだ。
 鈴木孝幸がギャラリーαMの地下空間に積み上げ、あるいは吊した石のデルタ型のフォルムが開示する不可視の存在は、石が採集された場へと当の石をもたらした水という媒質である。積み上げられた個別の石をみると、角がとれて丸くなったものと、いまだ角張ったものとに大別されるが、それらもまた水による抵抗にさらされた時間の長短を示している。
 こうしてみると、鈴木孝幸の作品はいわゆる道標としてのケルンcairnではもちろんない。さらに二次元平面から三次元空間に超出したミニマルアートの出自とも、制度空間の外部と内部を峻別したアースワークのそれとも異なっていることがわかる。鈴木孝幸の作品は制度空間の内と外で基本的に仕様を変えないからだ。例外的に壁や天井などの建築空間に依存したかのような展示方法をとったとしても、それは水と石との境界である土手や川床などのアナロジーと解釈されうるだろう。
 ところで、〈室内のアースワーク〉とカッコ書きされるノン-サイトをロバート・スミッソンは論理的三次元画像と言い換え、さらにそれは抽象的であるが、現実のサイトをも代表する*、と述べている。対して鈴木孝幸の石積みは、地球の部分を像化するのではなく、部分の提示によって地球全体との関わりを深く暗示することに向けられている。単体で、あるいは集合体として立ち上がる石積みは、基本的に絵画から発して親重力的な活動を展開したスミッソンとは反対に反重力のベクトルを作品に課すことによって、よりプラスティック(彫刻的)であるからだ。しかもそこで示唆されるエネルギー量は、人間の個体が石を削って丸くしたミクロな現象とはまったく逆に、海水下の巨大な岩盤が動いて水を躍らすプレート・テクトニクスさえ想起させるだろう。
 このような人智を超えたエネルギーの間接的な可視化は、論理的三次元画像の定義とは相いれないヘリコプターから撮影した湖面に映る熱源としての太陽を収めたスミッソンのフィルムワークと共通する地下世界mundus subterraneusの熱エネルギーを静かに反映している。

*Robert Smithson“A Provisional Theory of Non-Site”1968


▊鈴木孝幸 すずき・たかゆき▊
1982年愛知県生まれ。2007年筑波大学大学院芸術研究科修士課程総合造形分野修了。主な個展に2012年「川をつくること、で[place/bottom]」(Gallery HAM、名古屋 2011、2010年にも個展開催)、2010年「那珂川のほとりで [place/linear] 」(板室温泉大黒屋サロン、栃木)など。主なグループ展に2015年「豊穣なるもの-現代美術in豊川」(豊川市桜ヶ丘ミュージアム他、愛知)、2014年「するがのくにの芸術祭 富士の山ビエンナーレ」(静岡)、2014年「逗子アートサイト」(神奈川県逗子市)、2014年「 4th Exhibition AGAIN-ST 置物は彫刻か?」(東北芸術工科大学、山形)、2014年「Transfer Land 渡される(移される)土地(世界)」(旧門谷小学校、愛知)、2013年「境界」(倉庫現代美術館、群馬)、2013年「中之条ビエンナーレ 2013」(群馬県中之条町(2009、2011も参加)、など。受賞歴に2009年第4回大黒屋現代アート公募展大賞受賞。

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(左)「by 6 pieces -66」2010年 石
(中)「digging earth -420」2011年 地面に掘った穴 中之条ビエンナーレ 大岩第四分校跡地
(右)「heaping earth -441」2014年 補修用アスファルト するがのくにの芸術祭 旧蒲原劇場(静岡)