2004年12月6日(月)~12月15日(水)
写真:A room of book shelves 2001 撮影:貝塚純一 (C)Kyoko Taniyama
誰もが持っている、それぞれの家の記憶。たとえば朝、陽射しを通してゆらぐカーテンや、暮れなずむ部屋にカチカチと響く時計の音、少し寒々と古びた匂いのする木の廊下…。子どもの頃の記憶に強く残っているのは、自分の家よりむしろ、時々行った祖父母の家の佇まいだったりする。新築マンションの一室より、何十年も人が住みついてきた時間が織り成すコクのある古い家の方が、記憶により強く作用するのだろうか。
谷山恭子の「お家プロジェクト」は、人々が持つ家の記憶や歴史の共通項のようなものを、出会った一軒の家から断片としてすくい上げ存在感を与えつつ、新たな住人の日常が生む歴史に重ね合わせていく。家の内装リフォームをして誰かが実際に住めるよう「工事」をしながら、谷山の作品として「制作」するのである。
個人的な記憶の底にある普遍的なヴォキャブラリーをすくいとる。日常、身の回りにある見慣れたものを、いつもと違う視点で捉えなおす。そうしたことは多くの作家によって作品化されているし、家の空間そのものをインスタレーションとする試みもされているだろう。しかし谷山は、記憶という不確かな装置から、家具とか階段とか、確実なディテールを引き出して時間を物質化することにおいて際立っている。
それはなぜか。谷山の作品の多くは、表面がツルツルとクールな質感をもつ。鉄を素材にし均質な塗装を施すことで、無機質で硬質な表情を見せる。さらにきわめて都会的なセンスで空間を構成するので、ロマンティックな郷愁とかセンチメンタルな思い出とか、ウェットな感情とは距離を置いているように見える。だがそれが、かえって匿名性を強め、説得力をもつ作品となっているのだ。
幼少期の経験から、「帰る場所」への憧れを抱き、顔のない風景を求めるようになったという谷山。制作を通して、自己の存在の真理に近づこうとする彼女が追い求める場所は、私たちすべての存在にとっての、スウィート・ホームなのだろう。たとえそれが、居心地の良い暖かい家とは限らない、としても。
今回の展示「fragment」は、「お家プロジェクト」と同一の視点から発展した作品で、ある実在の物件の断片を呈示することで、顔のない「家の記憶」の断片をヴィジュアル化しようとするものである。住人の消えた家が、谷山によって帰る場所としての顔を取り戻そうとしているのかもしれない。