パランプセスト 重ね書きされた記憶/記憶の重ね書き vol.1
Palimpsest – Overwritten Memories / Superimposed Memories vol.1 Momoyo Iijima
2014年5月24日(土)~6月21日(土)
May 24, 2014(Sat.) - June 21, 2014(Sat.)
11:00〜19:00
日月祝休 入場無料
11:00-19:00
Closed on Sun., Mon., Holidays.
Entrance Free
ゲストキュレーター:北澤憲昭(美術批評家・女子美術大学教授)
Guest Curator: Noriaki Kitazawa(Art critic)
アーティストトーク:5月24日(土)
飯嶋桃代×北澤憲昭
Artist Talk: May 24(Sat.)
Momoyo Iijima × Noriaki Kitazawa
《開封の家ーa happy marriage》2014年|パラフィンワックス、中古ウエディングドレス|h90×w116×d106cm|撮影:末正真礼生
母親と父親のあいだに生まれ、母と父の双方に似ているがゆえに、母とも父とも異なる存在として、すなわち個として、ひとは共同体のなかに生れ落ちる。そのとき、ひとは共同性の臨界域にいる。嬰児は共同体に属しているにもかかわらず、共同性を備えてはいないからだ。
共同体における自己形成の果てで、個体は死という共同性の臨界域にふたたび赴くことになる。ただし、死は共同体の外なる他者によって看取られることもある。しかも、そこには奇妙な共同性が認められる。死は、或る共同性の臨界域の出来事であるがゆえに、また、個人という存在の経験の限界であるがゆえに(さりながら、死ぬのはいつも他人なり!)、他者との共同性という不条理な事態を惹起することにもなるのだ。死後出産のような特殊ケースについていえば、誕生についてもまた然り。もし、人間存在をめぐって「普遍」という語を用いるならば、これらの限界状況についてこそ、用いられるべきだろう。
ひとが生れ落ちる共同体を一般に「家族」と称し、家族が集う場を「家庭」と称する。これら二つの語をひとことでいいあらわすならばhomeという英語が、おそらく最もふさわしい。「衣食住」の場であるhomeは生命維持活動の基本的な装置であり、大多数のひとびとは、生れ落ちてから死没するまで、そこを拠点として生活を営む。
飯嶋桃代が、制作のモティヴェイションとしてきたものこそ、このhomeにほかならない。彼女が「イエ」と称するものである。嬰児として生まれ落ちて以来、子としてhomeにあった日々の記憶を契機として彼女は制作をつづけてきたのだ。いわば自伝的発想による制作である。
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homeは、ひとを育み、守り、癒すための共同体である。共同体の常として、homeは外部世界からみずからを遮断せずにはいない。血縁家族、なかでも直系単一家族において、その傾向は強い。いわゆる要塞化である。homeの在り方は、しばしば食事どきの「団欒」によって表象されるが、団欒とは、外部に背を向けて円陣を組むことにほかならないのだ。
とはいえ、homeは、外界から完全に切り離されては成り立たちがたい。たとえば、都会生活においては、マーケットを介さずに団欒の焦点となる「食」にありつくのは、ほとんど不可能だろう。そればかりか、そもそもhomeのはじまりである婚姻は、homeを外部に向けて開くことにおいて、あるいは、homeの分割において初めて可能となるのである。
閉ざされてあることを常態とするhomeが、その成り立ちにおいて外へと開かれているということ、このアイロニカルな事態が、飯嶋の制作方法を決定した。家族生活のインデックスであり、また、シンボルともいえる古食器や古着を、それぞれ半透明のパラフィン・ワックスに鋳込み、グラインダーカッターで、そこから家屋のかたちを切り出していったのである。家のかたちが「住」に焦点を絞ったhomeのアイコンであり、またシンボルであることはいうまでもないが、カッターは衣服や食器をも容赦なく切り裂いて、陶磁器や衣服の切断面をなまなましく露呈させている。その様態は、パラフィン・ワックスの脆弱かつ半透明な材質と相俟って、「衣食住」の場としてのhomeの危うい成り立ちを思わせずにはおかない。homeは、外部との繋がりを暴力的に切断することによって、しかし、完全には断ち切れないままに成立しているのだ。飯嶋は、homeのこうした暴力的な来歴を、切断という破壊的な手法によって、つまりは、起源における暴力を繰り返すことで露呈させたのである。それは、作者が、みずからをhomeから解き放ち、ディアスポラの境地に追い込むことでもあったのにちがいない。
ところでワックスに詰め込まれた古着や古食器は、ワックスの濁りと相俟って、それらにまつわる記憶が家型の空間に充満しているかのような感覚をもたらす。つまり、そこは過剰な記憶の場と化している。これを、多重的な読み書きの場であるパランプセストに引きつけるべく、ジェラール・ジュネットの用語でいいあらわすならば、このようにいうことができる。飯嶋は、食器や衣服の姿をまとって重畳する記憶をイポテックストhypotexte(下に書かれた古いテクスト)として踏まえつつ、切断という手法で、そのうえにイぺルテクストhypertexte(上に書かれる新しいテクスト)を書き込んだのだ、と。
食器と衣服を収めた家型は、それぞれにシリーズ化されて今日に至っているのだが、今回の展覧会では、これらのうち衣服を鋳込んだものを出品する。ただし、単独ではなく、家型のシリーズに続くふたつのシリーズ――ボタンのシリーズと毛皮のコートを用いたシリーズとの関係づけにおいて展示を行う。すなわち「衣」をめぐるインスタレーションである。
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ボタンによるシリーズの制作は、大きな布に、色、かたち、材質の異なるさまざまなボタンを数センチ間隔で縦横に――方眼を成すように――縫い付け、そのうえに、ボタンホールを穿ったもう一枚の布を重ね合わせて、ボタンで両者を接合することからはじまる。いったん、そのようにして二枚の布を接合したのち、こんどは、次々とボタンをはずしてゆくことで大きく布を剥離させ、また、はずしたボタンをほかのボタンホールにはめることで複雑な褶曲をつくりだすのだが、それによって、おぼろにレリーフ状の人型が浮かび上がってくる。さまざまな姿態をみせるそれらの人型は、どこかしら幽霊じみて感じられる。
ボタンは、家族共同体ないしは家族生活にまつわる記憶のインデックスとして捉えることができる。たとえば、幼いルー・アンドレアス=ザロメにとって、小箱に蒐集したボタンは母と乳母の身体に繋がるものであったというが、これは必ずしも珍しい事例ではあるまい。異国のコインが旅の記念として大切にされるように、衣服から切り離されたボタンはコレクションされ、そのひとつひとつが――たとえシャツの小さな貝ボタンであっても――遠くhomeの想い出に繋がってゆくのだ。もちろん、それはハッピーな想い出ばかりとは限らない。そこには、たとえばパトリシア・ハイスミスの短編「ボタン」のように不仕合せなケースも当然ながら含まれるのにちがいない。こうした悲喜こもごもの記憶が、ひとつひとつのボタンと接続されているのである。だから、そのインデックスを、あたかも綾取りのように繋いでゆくとき、そこにレリーフ状の幽霊が立ち現われるのも決して不思議ではない。「幽霊」とは、あの世とこの世のあいだをさまよう不安定な死者たちを指すことばだが、どこからともなく訪れ、どこへともなく消え去ってゆく記憶の有りようは、こうした幽霊の在り方と相同的だからである。書物の索引を頼りにページからページへとホッピングしてゆくと、著者の想念の思いもよらぬ深層の情景が、ゆくりなく浮かび上がってくることがあるけれど、ボタンのシリーズにおける幽霊の出現は、こうした事態と類比的に捉えることもできるだろう。
記憶のインデックスとしてのボタンの関係性が出現させるこれらの幽霊たちは、たがいにささやき合いつつ、見る者に何ごとかを語りかけているかのように見える。はっきりと聞き取ることはできないものの、その語りは、生死のエッジから発せられるものである以上、必ずや普遍性を帯びているのにちがいない。あの世もこの世も、所詮は生きる者の共同体に属しているのだとして、しかし、共同性に境界を画する死は、まさしく、そのことによって、あらゆる共同性を超える出来事と考えることができるからである。とはいえ、ボタンのあいだに現われる顔のない幽霊たちが、それぞれに発する声を聞き分けるのはむかしい。幽霊たちの声は空間にこだまし、交錯しつつ、ノイズとして満ちわたるほかない。
ひとこと付け加えておけば、既に述べたように、あの世とこの世の境界をさまようのは幽霊ばかりではない。嬰児もまた、方向性こそ異なるものの、あの世とこの世のあいだに、いまにも掻き消えそうな不安定な状態で浮遊している。幽霊とみえる布のレリーフは、だから嬰児の変異形とみなすこともできる。すなわち、去りゆく者が、同時に、到来する者でもあるという奇妙な事態が、ボタンのシリーズには見出されるのだ。
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身体に即した形状をもつコートは、homeの一員としての自己のインデックスないしはシンボルとみなすことができる。ただし、インデックスであれ、シンボルであれ、飯嶋が呈示するコートは、どれも複雑に手が加えられている。
その制作は、毛皮のコートを、フォームはそのままに、別の毛皮に置き換えてゆく作業を基本としている。具体的には、コートをコード――パートを縫製する手順――を逆にたどって分解し、再びコードに従って縫製する過程を繰り返しながら、その過程で、別種の毛皮を、おのおののパートに少しづつ紛れ込ませてゆくのである。紛れ込ませるにあたっては、(1)一回の分解‐縫製につき型紙を一八〇度回転させる、(2)分解‐縫製にともなう微妙なズレを毛皮の置き換えに積極的に活かしてゆくという二つの手法が複合的に用いられる。
最終的な展示は事物と映像のコンビネーションによって行われる。すなわち、以上の工程によって得られた結果を――つまり、他の毛皮に取って替わられたコートの現物を――展示し、それと併せて、変容の各段階の姿を収めた写真を、フラッシュバックの手法によるスライドショーで示すのである。このようにして、眼前のコートの 形成‐生成フォーメイションの過程があきらかにされるわけだが、記録写真の映像はつぎつぎと見る者たちの記憶へと編入されてゆくことで、うつろい、曖昧化しつつ、ついには眼前のコートへと収斂してゆくことになる。
展観されるコートには三つの構成フォーマット が認められる。リアルファーからフェイクファーへの置き換え、リアルファーから別のリアルファーへの置き換え、また、色、柄、材質を変化させてゆく置き換えと、材質の異なる黒い毛皮による置き換えという幾つかのヴァリエーションの組み合わせによって、その三つは成り立っている。
既製品の毛皮のコートに、別の毛皮を――つまりは外部を――コードに従って取り込んでゆくことで、全体を他なるものへと変容させてゆくこのシリーズは、ジュリア・クリステヴァの用語で比喩的に語るならば、構造的で規範的なル・サンボリックle symboliqueに、欲動的な生成変化の運動を本領とするル・セミオティックle sémiotiqueを憑依させる企てとして捉え返すことができる。あるいはまた、他者を組み込むことで成り立つ自己なるもののメタファーとして、これらのコートを眺めることも可能だろう。homeの記憶を――いわば自伝的に――たどりながら、homeの閉鎖性の根源に外部への開かれを見出した作者は、自己にかんしても同様の開かれを見出すに至ったのだ。外界から他なるものを取り入れ、配合することで形成される、いわばコラージュのような自己である。
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ディアスポラ作家たちが、しばしば自伝的な作品を避難所にしているという誹議に対して、トリン・T.ミンハは『ここのなかの何処かへ――移住・難民・境界的出来事』のなかで次のように応じている。小林富久子の訳から引く。ただし、飯嶋桃代のテーマと重ね合わせてとらえるために、「故国」と訳されている箇所を原書によってhomeと書き換えて引用することにしたい。
実のところ、自伝という避難所を確保するには、それをこじ開け、かつ、踏み越えて行かなければならない。個人の暮らしの細部はそうした「自伝」の語り直しに耐えられるとは限らないし、そこで語り直されるものも、もはや個人としての彼らのものとは限らないからだ。(中略)避難所の扉を開き、そこから外に踏み出す時、ある意味では彼らは自分を再び「home」から解き放つ。自身を通路として、そこから新たな旅に乗り出している。物語を語ることによって彼らは、homeに近づくとともに、遠ざかりもしている。
飯嶋桃代がαMの空間にしるしとめたテクストのうえに、このトリンのことばをイぺルテクストとして重ね書きすることで、「Home Bittersweet Home」と題するこのテクストの締めくくりとしたい。
▊ 飯嶋桃代 いいじま・ももよ ▊
1982年神奈川県生まれ。2011年女子美術大学大学院 美術研究科博士後期課程美術専攻 美術研究領域立体芸術研究領域修了。 主な個展に2013年「format-B」(コバヤシ画廊、東京)、「新世代への視点2013」(ギャラリー東京ユマニテ、東京)、2011年「開封のイエ」(銀座gallery女子美、東京)など。主なグループ展に2013年「ART SESSION TUKUBA 2013展 磁場—地場」(TX研究学園前公園、茨城)、2009年「彫刻の五・七・五—美術系大学交流展—」(沖縄県立芸術大学付属図書館・芸術資料館、沖縄)など。
(左)《format-B》2013年|インスタレーション|コバヤシ画廊展示風景
(中)《colorful stars in the white heavens Ⅱ》2013年|綿布、ボタン|サイズ可変
(右)《開封のイエ 1》2009年|古食器、パラフィンワックス|55x72x54cm、
アーティストトーク 飯嶋桃代×北澤憲昭