『資本空間 –スリー・ディメンショナル・ロジカル・ピクチャーの彼岸』 vol.3 隠崎麗奈

2015年7月18日(土)~8月29日(土)(8/9-8/17休)


隠崎麗奈 — オカシモス Inside Looking Out (3)

山本和弘

資本空間が隠崎麗奈を召喚したのは、軽やかでプラスティックな素材にガーリーな装飾と色彩がほどこされた形象が、マカロンやクッキーなどファンシーな洋菓子を連想させるからではない。
2011年、隠崎の彫刻は渋谷西武の展示空間にあった。(コスメティック・)コンパクトに擬態したかのような彫刻は、その四半世紀前に池袋西武で脂肪やフェルトの彫刻を展示した社会彫刻の提唱者の言葉を思い起こさせた。

私は女性的なものを未来の可能性に向かって大きく開かれたもの、と呼びたいのです*。

女性的なものと男性的なものとの差異どころか、人間と動物、動物と植物、植物と鉱物の差異をすら水平化しようとしたその声は、当時の日本の美術館や大学、各ホールでは虚空をかすめただけだったが、それらの外部すなわち百貨店や日常の社会空間では彼方まで木霊したようだ。
脂肪とフェルトが全人類の負った傷を癒すための熱学的治療薬であったとすれば、パウダールームやパティスリーのショーケースの中から巨視的にスケールアップされたFRPのお洒落グッズは、かつての王妃王女の愛玩物が彫刻にメタモルフォーズされたことによって、富裕層のアトリビュートを民主的次元へと下落させようとしているかのようだ。まるで経済成長率(g)が資本収益率(r)を上回る健康な社会を描き出すように。
こうしてみると隠崎麗奈の石油を原料にして肥大化させたファンシーフォームとドリーミーカラーが視覚的な優位性を触覚的な近距離へと強制的に譲渡させるトランザクションの構造は、眼差しの専制という近代的な彫刻受容の定石を皮膚と粘膜の狭間にある感覚へと変換させるトランスフォームの構造と近似していることがわかってくる。
ここで唐突に旧態の歴史を参照するならば、彩色彫刻という観点では、ハイデガー気取りの接尾語を弄した美術評論家の妙な造語で祭り上げられた彫刻家による、マッチョなフォルムはともかくも、褒めることの困難で無骨な色彩をこれらファンシー彫刻が批評していることはいうまでもない。
テイスティーな焼き菓子は一種の内服薬、そしてコスメティカは一種の外用薬ととらえ直すならば、ともにそれらは眼科の領域を超えて全肉体の調和に寄与するだろう。
思えば不思議な小瓶と不思議なお菓子はメルヒェンの定番、いや常備薬である。

 

*”Leiblicher Logos:14 Künstlerinnen aus Deutschland” ifa,Stuttgart,1995,S.11

 

▊隠崎麗奈 かくれざき・れいな▊
1977年岡山県生まれ。2000年武蔵野美術大学彫刻学科卒業。2002年武蔵野美術大学大学院造形研究科彫刻コース修了。主な個展に2013年「もらうもの」(gallery OUT of PLACE TOKIO、東京)、2013年「goldie H.P.FRANCE × 隠崎麗奈」(渋谷パルコ part1、東京)、2012年「サニーサイドアップ」(art + cafe シファ、岡山)、2011年「foggy」(gallery OUT of PLACE TOKIO、東京)、 2011年「misty」(西武渋谷店、東京)など。主なグループ展に2014年「2人展 killing me softly」(gallery OUT of PLACE TOKIO、 東京)、2011年「2人展」(a piece of space APS、Gallery Camellia、東京)、2011年「THE 3rd COREDO Women’s Art Style」 (コレド日本橋、コレド室町、日本橋三井タワー、東京)など。
受賞歴に2012年岡山県新進美術家育成「I氏賞」奨励賞受賞。

http://www.reina-kakurezaki.jp

(左)「キメキメ」2008年 村松画廊 展示風景 撮影:柳場大,
(中)「サニーサイドアップ」2012年 art + cafe シファ 展示風景,
(右)「もらうもの」2013年 gallery OUT of PLACE TOKIO 展示風景 撮影:柳場大 ,