TEXT - ギャラリー・トーク 田添かおり × 天野太郎

2002年12月4日(水)


■「実際には再現できない時間と場所」・・・・万博、高校生、花をモチーフに。

司会者: 田添かおりさんは、水島さんと一緒に横浜でスクラッチタイルというスペースを運営されていまして、それまでの作品はSUITというユニットを組んで発表されていたのですが、今回始めての個展としてこの企画をお願いいたしました。
本日、田添さんとお話していただくのは、横浜美術館の学芸係長をされています天野太郎さんです。みなさんご存知かと思いますが、奈良美智展など、様々な企画をされています。このお2人は同じ横浜在住というだけではなく、先ほどお話しましたスクラッチタイルの運営を共同でされていらっしゃいます。では、お2人にお話をしていただきたいと思います。

天野: 始めに、作品についての解説、このギャラリーと展示の形式の関係と言うことも含めて田添さんから少しお話をしていただきたいと思います。

田添: 私は1995年からついこの間まで、SUITというユニットを組んで制作をしてきましたが、今回初めてそのユニットから離れて、1人でギャラリーという場所で発表をすることになりました。今までは実在する場所や人など、ドキュメント性の強い記録的な写真を撮って、それをポストカードにして送るという発表の形をとっていました。

今回、新しく何かを作り出さなくてはいけないというところに苦労しましたね。何て言ったらいいのか、ギャラリーという既に存在する空間を使って「存在しない場所」というのを作ってみたいと思いました。
作品を見てもらうと、塔の写真が3つあるのが分かると思います。これはもともと1970年の大阪万博の夜景の写真です。「存在しない場所」というか、時間的にも70年代なので、もう1度再現することが出来ない場所と言うことで、この万博のモチーフにしたんです。

それと今回は18歳の男子高校生をモデルにしました。これは学ランという懐かしい感じのする制服を着ることによって、「いつの時代の人なんだろう?」と思わせるような写真を撮りたいと思ったからです。色んな素材を持ち寄って、このギャラリーの空間で初めて完成させるような感じにしたいと考えました。

天野: 今はない大阪万博のパビリオンというのは一種の空気ですよね、その時代の。僕は塔を見た時一種のパルスみたいなことを思った。この歳の男の子というのはとにかく妄想に注ぐ妄想っていう世代なわけで・・・。そういう意味で、見ると花は、一種の女性器みたいなものかと。そう言われるのは全くの予想外ですか?

田添: 花は意識していたのかもしれません。まだ未完成な感じの人物っていうのを出したくて、花はそういうのを説明するのに重要かなと。18歳だというだけで醸し出す雰囲気、私ではもう絶対出来ないものを持っているわけだから、素朴にその感じが出ればいいなという風に考えました。 


■「コラボレーションによる作品づくり」・・・・絵を描くみたいに写真を撮る。

天野: 写真は、自分で撮らなければいけないとは思っていないという話でしたよね。

田添: はい。ずっとユニットで制作していたということがあって、コラボレーションするというか、自分に足りないものを埋めてくれる人を探すところからもう作品だ、と思う部分もあって。誰が撮るかってことは、あんまり深くは考えてないんです。初めて見る人には、私の、私による写真の作品だと思われることがありますね。

天野: 作家が撮ったのではないとすると、確かに撮影した人の作品なのかと思われるところがありますね。森村泰昌もそうなんですが、作家が被写体で、写真家が撮っている。そういう場合、作品の所有者が複数になりうる。しかも匿名性が出てくる。だからモノとして提示した時に誤解される部分があって、それもまた面白い誤解なんじゃないかと思います。

田添: 映画制作に例えると私が監督で、カメラマンがいて、といった感じでしょうか。写真に関してはなかなかそういう例が少ないんだと思います。私としてはただ、最終的にどういう形で自分が発表したいことが残っていくかっていう手段でしかないので、絵を描くみたいに写真を撮っているような気がします。 


■「WEDING SUIT、BASE BALL SUIT」・・・モノを作るってことにすごくこだわっていた。

天野: これまでの田添さんが発表をされていたプロジェクトについて作品を見ながらお話をさせていただきます。

<WEDDING SUIT>

田添: はい。これはSUITというユニットで1番最初にやった作品です。SUITのことを説明すると、伊東純子さんが今も現役のパタンナーで、私は大塚テキスタイルデザインという学校でテキスタイルをずっと勉強してきたので、2人で組んだら何か面白いものが作れるのではないかと。このドレスは実際に結婚する人から「式はやらないんだけれど、ちょっと変わった記念になる服を」という希望があって、作ってみました。セッティングをするところから全部自分たちでやって、1つのウエディングプランとしての作品にしようということで始まりました。約6年位前の作品です。
この頃は今と作品に対する意識が違っています。モノを作るということにすごくこだわっていまして、生地から何から、私が染めたり伊東さんが縫ったりして、そういうことに力を入れていました。1年くらいのすごく長いプロジェクトだったので、記録をとらなきゃもったいない、どう消化していいのかわからない、というのがありました。そこからPOST CARD SERIESという発表の形が始まったんです。撮った写真を加工して不特定多数の人に送り、送られたその場で見てもらう、そういう発表の形になりました。

天野: メールアートですね。

<BASEBALL SUIT>

田添: これはさっきの作品からさらに2年くらいたったものです。まずここで野球の練習をしている人たちのユニフォームを作って、この球場を貸りきって撮影会を行うというプロジェクトの記録写真です。作ったものはユニフォームとキャップ、それと胸に見えているワッペンです。これは全部刺繍で、手で一個一個作ったものです。

天野: WEDDINGと比べると、作品を写真に撮って人に見せるとか、そういうことに気が付き始めた時期のようですが。

田添: そうですね。この時、結局何が大事なのか自分でも良くわからなくなってきて、場所が良かったのか、人物が良かったのかすごく迷う段階があったのですが、今考えると、次に繋がる段階だったんだと思います。少しずつではありますが、記録だけではだめだという意識が出てきていたんですね。 


■「制服やユニフォームを着るということ」・・・強烈なエロスとそれ以上ににじみでるもの。

<MOTOMACHI SUIT「Kyudo」>

田添: 先程の作品から、また2年くらいたったものです。昨年の秋に街頭藝術という街づくり系のアートイベントがありまして、そのときの作品です。この時に初めて、見に来る観客を想定しなければなりませんでした。今回は撮影自体を見せてしまおうということで、公開撮影会という形で発表しました。弓道している人やそれを撮っている人をも含め、その光景すべてを見せてしまうイベントです。これは家の近くにある弓道場ですね。服は作っていなくて、弓道をやる時に片方だけにはめるユガケという手袋を作りました。 


天野: ルールのない破天荒なものよりは、あえてルールに乗っ取って形式を踏んでいく、そういうのにやっぱり興味があるんでしょうかね?スポーツ、そして制服も、一種の儀式的な要素があると思うのですが。

田添: そうですね。今回の作品のモデルの18歳の男の子も、制服を使って記号的に扱ってはいるんだけれども、それ以上ににじみ出てくるのを見てもらいたいです。

天野: 形式的であればあるほどフェティシズムや強烈なエロスみたいなものが浮上してくる部分があると思うんですが、そういうものをやろうと思ったのですか?

田添: テーマではありませんが、意識してはいますね。どうしても出てしまうものですし、それを知らないというのもおかしい。でも作品を通して一番言いたいことではないです。 


■「常に人を介在する」・・・服だけでは作品は成立しない。

天野: 服を媒介にして、着る相手とコミュニケーションはされているんですか?

田添: そうですね・・・イベントの趣旨も説明せずにいきなり撮らせてくれというのはあまりよい返事をされないんですね。私たちは服を作っていて、あなたたちに服を作りたいんです、と話を持っていくと、すんなり受け入れてくれるんです。わりとコミュニケーションが取れる。そのために服を利用したところがあるというか。

天野: 一般的に考えて、服を作ったのでそれを作品にするというのもまた奇妙な話でしょ?だからやるんだという気持ちは田添さんの中では大きいんですか?

田添: 大きいですね。あと、服を作ったり手袋を作ったりというのは相手を知るいい手がかりになります。作るに当たって「弓道とは何ぞや」ということを大分調べたりとか。ちゃんと調べないと上手く話は出来ないですし。お互いの共通のツールというか。

天野: こういったプロジェクトの服は、無償で差し上げたんですか?

田添: WEDDING SUITのときは材料費を出していただいたんで、そのままお渡ししました。弓道の手袋は、実際に使うものは素人には作れないものなんです。それでも職人さんに会いに行って、教わって作りました。もうひとつ、「BRASS BAND SUIT」というフェリスのサークルの学生に制服を実際着ていただいて、公開撮影を行ったイベントがあるのですが、そのときには、終わった時にギャラの代わりに持っていかれてしまって(笑)。差し上げました。

天野: 田添さんの作品は、いきなりただ撮らせてというのではなく、一種のルールを介在させている。それはそれ自体がプロジェクトのプロセスの、1つの大きなファクターと言えますよね。

田添: 私たちが制作した服やユニフォームを所有したところで、自分が着るわけではない。服だけとっておいても作品は成立しない。だから作品の価値を、服そのものには絶対に置いていないんです。

天野: 過去の作品から見ていきましたが、それまで無意識だったものが意識されるようになって、プロジェクトを記録から作品へと、一種の人生観みたいなものがあると思います。

やはり、一貫しているのは、常に人間を介在しているところ。プロセスというか、そういうものでもって成立させていく。衣食住というでしょ。あれは人間にとって重要なことについての順番なんですよね。つまり「住」、家っていうのはどこだっていい、「食」だって体が生きることだけで言えば同じ。そうするとやっぱり服ですよね。着るものが独特の、一種の身体関係を生んでいるかもしれない。その辺、言われてみてどうですか。

田添: まず、オーダーメイドというと着る人は非常に嬉しいところがあるみたいですね。世界で1つのものですから。今回のモデルの人も、素人の方なんですが、カメラを見る目がそれなりに凛とするというか。BASEBALL SUITの時も、みんな動きが良くなって、スライディングしていいかなーとか、こういうクラシカルなのが着たかったんだとか(笑)。ああいうユニフォームに対してすごく思い入れがあるみたいです。みなさんバットを構えたり、受ける構えをしてくれたり。ポーズ指導は全然やっていないのに、ああ素敵だなと思いました。

天野: 一種の劇場性がありますよね。

田添: そうですね。スポーツをやっている人の独特の思いがユニフォームへの思いと比例しているのかもしれないですね。

天野: 公開撮影会など、田添さんがやっていらっしゃることは、さまざまな解釈が入ってくると思います。今回はこういう動かないモノの作品ということで、それこそプロセスがなかなか理解してもらえないところがあるかもしれない。何か伝えたいというか、思うところはありますか?

田添: やはり、撮影が1番楽しくて、でもそれを実際みなさんに見てもらうことは出来ない。その楽しさを1番見せたいという気持ちがあるのですが、私はずっと人物から、なかなか離れられないという感じがします。