αMプロジェクト2010
Complex Circuit
デザイン:菊地敦己
2010年度のギャラリーαMの活動は、3人のキュレーターの企画によって構成される。しかし、3人が共同でひとつの展覧会企画を練りあげるのではなく、ある通低する問題意識を共有しながらも、それぞれが独自の観点から作家を選定し、個別のテーマを持った企画として展覧会を作り上げていくこととなった。それぞれの視点とテーマに関しては別記のとおりであるが、では共有された問題意識とは、どんなものなのか。
やや抽象的ではあるが簡潔に記せ ば、関係の回路を開く、となるだろうか。回路とは関係のネットワークであり、そこには、社会的関係、人間的結びつき(血縁、地縁)、場と人間活動の関連、 共同性、公共性、コミュニケーション、間主体性、参加(アンガージュマン)、共有(シェア)などなど多様な意味をこめうるだろう。自分自身との対話である とか、自己の欲求の満足であるとか、そういった自らの閉域に閉じこもるのではなく、意識的であれ無意識的であれ、メタフォリカルに他者に対して「開かれ」 そして「結び付けられて」いこうとするような方向性を持つ作品が、各企画では取り上げられていく。そして、それぞれのタイトルを与えられた企画は、個別の 観点からの展覧会となりつつも、それ自身を「開き」、本年度のαMの企画全体としては、ひとつの回路を形成するようなものとして構成されている。
(田中正之)
ミュージアムやギャラリーといった場所だけでなく、表現や創作行為自体が異なる時間や地理、そして他者を引き合わせる接触 領域となる場合がある。そのとき、行為の主体はおそらくその領域の開墾者としての責任が問われ、作品から自立した存在とは なりえないだろう。「主体」と「責任」―このふたつを、重い足枷として引き受けるのではなく、解放された問いとして昇華すること は果たして可能か。 接触領域には、他者が巻き込まれたり、招き入れられたりすることがある。あるいはあえて他者を排除することで誘発される接触 もあるだろう。そしてその領域を拡大することによって偶発的な出来事がおこり、主体がそれに対する判断を迫られる場合もあれば、領域を囲い込むことで主体そのものが自らを問いなおす場合もある。いずれにせよ、パブリックとプライベートが入り乱れる 接触領域が人前に晒されるとき、それは複雑さを増しながら疑問や共感、反発を生むだろう。摩擦を生じながら別の次元へと領 域がトランスフォームしていき、主体と客体の間に相互作用がおこることを期待している。
社会への直接的な関与を目指す美術の可能性について考える機会にしたい。「いま・ここ」という現場感覚に根ざして、現実に 対する批判的な介入を試みる表現者を念頭においている。彼らは、現実の世界はひとつであるという覚悟をもって、その内側 からの「変化」を惹き起こそうと試みる。日常的な素材をモチーフに、身体的な感覚から紡ぎ出される個の視点を、周到に社会 的な領域へと接続し、他者と共有しうる「問い」へと鍛え上げるのだ。 このような社会に積極的に働きかける芸術的実践を、その対象に切り込む挑発性と、既存の価値観を脅かす批評性を含めて 「アクティヴィズム」と呼ぼう。しかし、ここで課題として掲げたいのは、その「詩学」である。ギャラリーの空間内で成立し、鑑賞者 に深い感性的な体験を与えたうえで、しかも開かれた議論を誘発する「アクティヴィズム」とはどのようなものなのか。おそらく 単一の政治的なメッセージに還元されない多義性と、倫理的な価値判断を超える表現の美的な強度が、重要な要素として浮上してくるはずだ。
立体的造形にしても平面的イメージにしても、あるいは日常的に目にする現象にしても、それらは決して自律的、自足的に存在 しているのではなく、ある任意の「見る主体」の存在を前提とし、そしてその主体によって「見られる対象」となっている。しかし、この両者(見る主体と見られる対象)の間の「まなざしの交換」には、いかなるノイズも屈折も介入してこないスムーズな結びつきが成立しているのだろうか。むしろ、関係は非常に危ういバランスの上に成り立っているのではないだろうか。その危うさを、時に私たちは自分たちの見ているものの識別のあやふやさを暴露されることによって実感できることがある。そのような、認識があやふやとなるようなゾーン(=境界)を積極的に制作の対象としてとりあげ、「見る」という行為のあり方を 根源的にわれわれに問いかけてくる作品がある。そして、そのようなぎりぎりの領域(=境界)を問うことによって、その粗(あら) をむき出しにされた「まなざしの交換」は、どのようなものであれ関係の構築がはらむある種の軋みといった問題へと、それこそまなざしを向けさせるのである。
▊高橋瑞木 たかはし・みずき▊
水戸芸術館現代美術センター主任学芸員。1973 年東京生まれ。早稲田大学大学院を卒業、ロンドン大学東洋アフリカ学院MA修了。森美術館準備室勤務を経て2003年より現職。担当した企画展に「ライフ」(06年、水戸)、「ジュリアン・オピー」(08年、水戸)、「Beuys in Japan:ボイスがいた8日間」(09年、水戸)、共同企画に「KITA!! Japanese Artists Meet Indonesia」(08年、国際交流基金主催、ジョグジャカルタほか)「新次元 マンガ表現の現在」(10年–11年、水戸で開催後、ソウル、ハノイ、マニラに巡回)「高嶺格のクールジャパン」(12年、水戸)など。
▊鈴木勝雄 すずき・かつお▊
東京国立近代美術館主任研究員。1968年生まれ。東京大学大学院人文社会系研究科修士課程修了。西洋、日本の近代美術史を専攻。98年より現職。これまで「ブラジル ボディ・ノスタルジア」(2004年)、「沖縄・プリズム」(2008年)、「ゴーギャン」(2009年)、「美術にぶるっ!」展 第2部「実験場1950s」(2012年)などの展覧会を担当。
▊田中正之 たなか・まさゆき▊
武蔵野美術大学教授。1963年東京生まれ。1987年東京大学文学部美術史学科卒業。1990年同大学修士課程を修了。1990~95年ニューヨーク大学美術史研究所に学ぶ。1996~2007年国立西洋美術館にて研究員として勤務し、国立西洋美術館にて「ピカソ:子供の世界」展(2000年)、「マティス」展(2004年)、「ムンク」展(2007年)などを企画。2002-2003年にはパリ国立近代美術館(ポンピドゥー・センター)にて訪問研究員。2007年より現職。2011年より武蔵野美術大学 美術館・図書館館長。専門は西洋近現代美術史。
(※略歴は2011年当時)
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