『パランプセスト 重ね書きされた記憶/記憶の重ね書き』 vol.4 小林耕平

2014年10月11日(土)~11月8日(土)
デモンストレーション 10月19日(日)14時〜16時

小林耕平「透・明・人・間」


重層化する発話

和田浩一

小林耕平の展示空間の中でなされる発話は、「問い」なのか、「指示」なのか、あるいは「独り言」なのか定かではないところがある。仮に「問い」だとして、ある限定された答えを期待するものなのか、もっと広範囲な反応を引き出すことが目的とされているのかも明確ではない。はたしてそのいずれなのか。そのような疑問は、だが、発話というものが結果(答え)を前提としてなされているという予断が入り込んでいるだろう。ところが、小林の作品では、結果についてはほとんど無頓着であり、むしろそこに至るまでの思考の在り方や、その場に立ち会う(鑑賞する)私たちが、様々な思考を発動させることに最もエネルギーが注がれていると言ってよい。
小林の作品空間には、日用品を組み合わせて作られたオブジェクトとともに、TVモニターや黒板、パネル類が設置される。発話は、それらを通じて音声と文字のふた通りの方法によってなされ、いくつかの視点から形を変えて語られ重層化している。ある映像では、そこでの行動と、ナレーションの音声と、テロップによる記述それぞれで、少しずつ内容が異なり、時間もずれているというように、位相差も生じさせている。映像の中の会話で、作者はしばしば逡巡し、返答に苦慮して会話を中断し、逆に質問を返したりすることで、話が一つの方向に向かうのを遅らせたり、変化させたりする。流れ始めた時間はそのつど止まり、事態は修正され、刷新がなされてゆくのである。オブジェクトは日用品の寄せ集めで、その雑多性が要素間に意味を読み取ることを難しくしている。このような言葉と物体による小林の発話は、いずれもすんなりと結果(と思われる場所)へ逢着することがない。
作者は私たちをはぐらかそうとしているわけではない。ものごとが「指し示される」構造自体に介入し、その途上における私たちの思考範囲を最大化することで、より豊かな状況へ導こうとしているのである。ものごとは、方向や到達点があらかじめ決められているのでも、常に一様であることが期待されているわけでもないという、至極真っ当なことを、予断を注意深く排除しながら、繰り返し示しているのである。それほど、私たちを取り巻く「指し示すもの」の支配力は強く、粘着的に一つの場所に固定させようとし、押しつけがましい。
もののあり方とは、様々な要素の織り成す織物テクストである。そこに後続のテクストが重なることで、思いがけない読みが導かれる。方向は容易に収束することなく、意味は際限なく付与されていくだろう。導き出された齟齬感は、テクスト間の相互アクセスを加速し、新たな思考への接点は賦活される。思考を誘発するパランプセストを小林は巧みに紡ぎ出す。それは作品を目の前にする私たちにアドヴァンテージを与えるのである。
小林耕平の制作は、これまで、元になるテクストを伊藤亜紗に依頼し、それにもとづいてオブジェクトと映像が作られ、その過程で制作された素描エスキースがテクストやオブジェクトとともに展示空間に配置され、物事が断続的に進行していくスタイルを取ってきた。数年前からは、山形育弘と会場内で言葉を交わすデモンストレーションも行っている。今回の制作では、初めて、これまで制作に関わったことのない人物が撮影に参加する。この新たな方法により、事態はさらに不確定要素を増すだろう。
今回伊藤は「透・明・人・間」というテクストを寄せた。「透明になっている」という無視することもできる「属性」をわざわざ持ち出すことで浮かび上がる幾つもの回路(=迂回路)。だがそれは、対象を認識するだけでものごとを済ませた気分にさせられてしまうよりも、なんと回りくどくて、七面倒くさくて、だが圧倒的に豊かなのだろうか。

協力:Artists’Guild
山本現代

▊ 小林耕平 こばやし・こうへい ▊
1974年生まれ。1999年愛知県立芸術大学美術学部油画科卒業。主な個展に2012年「あなたの口は掃除機であり、ノズルを手で持つことで並べ替え、電源に接続し、吸い込むことで語る。」(山本現代、東京)、2009年「右は青、青は左、左は黄、黄は右」(山本現代、東京)など。主なグループ展に2013年愛知トリエンナーレ関連企画「ユーモアと飛躍―そこにふれる―」(岡崎市美術博物館、愛知)、「小林耕平×多田由美子 ことばとかわすことでつくること」(SARP、仙台)2012年「Double Vision:Contemporary Art from Japan」モスクワ市近代美術館、「14の夕べ/14 EVENINGS」東京国立近代美術館)2009年「ヴィデオを待ちながら —映像 60年代から今日へ」(東京国立近代美術館、東京)、2007年「六本木クロッシング2007: 未来への脈動」(森美術館、東京)など多数

(左)「ゾ・ン・ビ・タ・ウ・ン」64:08min、構成・オブジェクト・テキスト=小林耕平、テキスト「ゾ・ン・ビ・タ・ウ・ン」=伊藤亜紗、
デモンストレーター=小林耕平、山形育弘、撮影=渡邉寿岳、2013
(中)「殺・人・兵・器 戦場」19:58min、構成・オブジェクト=小林耕平、テキスト「殺・人・兵・器」=伊藤亜紗、
デモンストレーター=小林耕平、山形育弘、撮影=渡邉寿岳,2013
(右)「タ・イ・ム・マ・シ・ン」48:00min、構成・テキスト=小林耕平、テキスト「タ・イ・ム・マ・シ・ン」=伊藤亜紗、
デモンストレーター=小林耕平、山形育弘、撮影=渡邉寿岳、2012

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