約束の凝集 vol.3

黑田菜月|写真が始まる

Halfway Happy vol. 3 Natsuki Kuroda: The Photograph Begins

2021年3月16日(火)〜 6月5日(土)
March 16 - June 5, 2021

13:00〜20:00 日月祝休 入場無料
13:00-20:00 Closed on Sun., Mon., Holidays.
Entrance Free

本展では、2つの映像作品を毎時00分と30分に交互に上映を開始します。毎時30分から上映される《部屋の写真》は途中入場をご遠慮いただいておりますのでご注意ください。


露光時間

長谷川新(インディペンデントキュレーター)

αMプロジェクト2020–2021「約束の凝集」第3回は黑田菜月の個展「写真が始まる」である。本展ではふたつの映像《友だちの写真》と《部屋の写真》を上映する。《部屋の写真》については入れ替え制をとるため、鑑賞者の方々は会場を待合室のように利用していただければ嬉しい。それぞれ30分弱の映像作品である。

黑田菜月は写真家であり*1、作品のタイトルにはいずれも「写真」という語がつけられている。会場にはいくつかの写真が額装されているはずだが、展示しているというよりは、待合室にそれとなく佇んでいる風景の一部、という性質が強い*2。メインとなるのは、あくまでもふたつの映像である。ここにまずツイストがかかっている。写真と名づけられた映像。

だがこのねじれは鑑賞すればすぐにほどけていくと思う。《友だちの写真》も《部屋の写真》も、写真が重要な道具立てとなっている。《友だちの写真》では動物園で子どもたちがふたつのチームに分かれて写真を撮り、手紙を書くが、それぞれのチームの子どもたちが顔を合わせることはない。《部屋の写真》も、黑田が撮影した写真をもとに介護者が言葉を重ねていくが、聞き手である私たちがその部屋の住人を眼にすることはない。写真を通り抜けることでしか、より正確に言えば、写真について語る言葉をたどり直してみることでしか凝視できない人間がいる。黑田の映像において、写真は鏡でも窓でもなく、壁のようなものとしてある。シモーヌ・ヴェイユが書いたように、「壁はふたりを隔てるが、意志の疎通を可能にもする*3。」写真は、打ちっぱなしのコンクリートのように、それ自体は何も語らず、とても冷たい。だがそれは沈黙の強制を意味しないし、高尚な言葉のみを通過させるわけでもない。言葉は、不正確で、誇張があり、たどたどしいとしても、あるいはあまりに克明であったとしても、壁を震わせる。

写真をめぐる実践には絶えず「撮る/撮られる」「見る/見られる」の関係があり、その非対称な構造ゆえに権力と暴力の問題が必然的に発生する。この事実に向き合うことが誠実であることは論を俟たないし、具体的に傷つく人が存在していることは見過ごされてはならない。そのうえで、黑田は、写真のもつ暴力性への自覚の誇示とは異なる方向に自身の技術を使役させる。黑田はその暴力性の前で態度を保留しない。一緒に悩んで欲しいというようなメッセージも潜んでいない。黑田の放つメッセージはどこまでもクリアだ。それは、写真はあっていい、という鮮烈な提案である。写真を観て、言葉にすることは楽しい。

実在する一枚のモノクロ写真から長大で複雑な小説を書き上げたリチャード・パワーズのように、写真を起点に想像力を爆発させるのも最高ではあるのだが、本展で営まれているのは、どちらかと言えば、写真から言葉に、言葉からまた写真に戻りつつ、ミニマムな翻訳を繰り返していくような実践である。また、《部屋の写真》に黑田がとりかかったのは2017年頃であり、《友だちの写真》に先行している。というより、ふたつの撮影は並行している。時系列的にも、黑田の思考のなかでも。決して直線的とは言えない、少しずつ切れ目の入っているその時間の経過を、じっと、露光時間と呼ぼう。どちらの映像にも、「写真はこんなにもまだ観ることができるのか」と目が醒めるような手応えがあり、自分がおそらく出会うことのない誰かにとっても写真が始まったと信じられる経験がある。


*1 黑田のウェブサイトは以下。

https://www.kurodanatsuki.com/

*2 壁にかけられた写真は定期的に黑田によってかけ替えられる予定だ。

*3 シモーヌ・ヴェイユ『重力と恩寵』冨原眞弓訳、岩波文庫、2017年、p. 250

上映作品

友だちの写真
2018年(2021年)
25分

2018年5月に、黑田は横浜市立金沢動物園で子どもたちを対象としたワークショップをおこなった。子どもたちは写真を使って問題をつくる「問題チーム」と、その問題を解く「推理チーム」の2班に分かれて動物園を歩き回る。お互いが顔を合わせることのないなかで、写真を通してどのようなやりとりが行われるのか。

本作品は、2018年の12月にギャラリーOGU MAGにて3日間限定で公開されたものを本展用に一部再編集したものである。

部屋の写真
2021年
28分

黑田は2017年頃から断続的に介護の現場の人々の撮影やインタビューを重ねてきた。介護者に手渡される写真は、かつて介護者自身が介護をおこなっていた人の部屋の写真である。彼ら、彼女たちがその写真から何を見つけ、何を思い出し、どのように自分に引き寄せて言葉にしていくか。写真を観て語るその時間に、黑田は同行する。

▊黑田菜月 くろだ・なつき▊
1988年神奈川県生まれ。2011年中央大学卒業。2013年第8回写真「1_WALL」にてグランプリを受賞。主な展覧会に、「けはいをひめてる」ガーディアン・ガーデン(東京、2014)、「わたしの腕を掴む人」ニコンサロン(東京、大阪、2017)、「友だちの写真」ギャラリーOGU MAG(東京、2018)などがある。また、2016年からは横浜市立金沢動物園にて毎年行われているメディアアート展「ひかるどうぶつえん」に参加。2019年には同園にて写真と映像のグループ展「どうぶつえんの目」横浜市立金沢動物園(神奈川)を企画した。

(左)「けはいをひめてる」2014年|発色現像方式印画
(中)「わたしの腕を掴む人」2017年|発色現像方式印画
(右)「友だちの写真」2018年|ビデオ|27’59”