約束の凝集 vol.5

高橋大輔|RELAXIN’

Halfway Happy vol. 5 Daisuke Takahashi: RELAXIN’

2021年10月2日(土)〜 12月18日(土)
October 2, 2021(Sat.) - December 18, 2021(Sat.)

13:00〜20:00
日月祝休 入場無料
13:00-20:00
Closed on Sun., Mon., Holidays.
Entrance Free

ゲストキュレーター:長谷川新(インディペンデントキュレーター)
Guest Curator: Arata Hasegawa(Independent curator)

新型コロナウイルスの感染拡大防止対策として、開廊時間を12:00〜18:00に変更しておりましたが、緊急事態宣言の解除に伴い、10月5日(火)より、通常通り13:00〜20:00に開廊しております。今後も変更の可能性がございますので、最新情報にご注意ください。

協力:ANOMALY


制作に関する今の気持ち 

2021年9月6日  高橋大輔

暮らしながら制作しようとすると、幻滅したり焦ったりすることの方が、喜んだりすることよりも多い。前向きに制作へ向かわせる環境よりも、課題の方が多い。
絵を描くとき、「完成を思い浮かべること」は0.5秒でできるが、実際に仕上げるのはヘタをすると数年かかる。
わたしの場合、うまく言えないが、「これ以上、戦ってはいけない」と思う。
手放さなければならないことがたくさんある。作品と向き合い死闘を繰り広げる時間とエネルギー。その一方で、娘と一緒に自転車に乗りに出かける。頭を押し付けてくる息子を抱きかかえる。
今まで絵は油絵具だけで描いてきたが、ひょっとすると、そんな大事なこだわりともお別れかもしれない。そもそもこれからタブローをどれだけ手掛けられるのだろうと思う。
だからといって、心配したり、落ち込んでばかりいるのではなくて、むしろどちらかというとチャンスだと思っている。
チャンスとは。
アートにとって? 私にとって? 家族にとって? 私たちにとって? 何に対してチャンスなのだろうか?
多分、「自主的にチャンス」なのであって、あまり期待も失望もしないで、忘れてしまうくらいが丁度いいのではないか。

Re:制作に関する今の気持ち

長谷川新(インディペンデントキュレーター)

埼玉県小川町にある画家のアトリエに行くとまあまあのサイズの絵が雨どいの下に立てかけてあった。絵を洗濯して干してるみたいな光景で、こんなことをして大丈夫なのかと聞くと、白の絵具が黄色くなってるから日光にあてて戻してるんだと言う。油彩画をやっている人であれば半ば常識なのだろうが、太陽にはそんな効果があるらしい。専門書を引いてみる。


油彩画ではバルールを損なうこの黄変現象が避けられない(特に、制作後の早い時期に暗い場所に置くと促される)のだが、可逆性の構造変化なので、作品を明るい場所に設置するとか絵画面を太陽に(穏やかに)晒すことによって容易にその黄変を制作時の水準に戻すことができる*1。


絵は動くのだ、と思った。





αMプロジェクト 2020–2021「約束の凝集」第5回は高橋大輔の個展「RELAXIN’」である。本展は、高橋がここ数年てがけてきたさまざまな「絵」から構成される。展示タイトルは彼が制作中によく聴いているというザ・マイルス・デイヴィス・クインテットのアルバムタイトルだ。本展で、高橋大輔という画家は、絵画をやることをこんなふうに延ばしたり叩いたり畳んだりしているんだな、ということが共有できれば嬉しい。白の顔料が太陽の下で自分の白さをつくりなおすみたいに、あるいはその変化よりもっと大掛かりに、絵を描く行為は変わっていくことができる。

高橋は近年、それまで彼の表現の特徴であった極端に厚塗りな画面とは異なる絵画を続けている。その変化に伴い、画面にはモチーフが現れていて、例えば本展で発表されるような色鉛筆のドローイングには1円玉硬貨の装飾にある植物や「縄文・弥生……」といった時代区分など、具体的な線や文字を認めることができる。パイナップルを頭にのせてバランスをとる自画像もある(パニック時に落ち着くためにやったらしい)。筆を使わずチューブから直接描き殴った動物や乗り物の絵もある。ここでちょっと迂回をする。

5年ほど前に高橋は「自身が絵を描こうというときに、これを描きたい、という、通常の意味でのモチーフがみつからなかった」と書いている*2。「通常の意味」とはどういうことかと言うと、彼は続く文章で思い切ったジャンプをしていて、モチーフをモチベーション(衝動、動機)と結びつける。「絵画をやる」というモチベーションが自分の抽象画には現れている、と高橋は主張する。モチーフが不在だから抽象画を選んでいるのではなく、絵の全部がモチーフ=モチベーションなのだという領域展開。

別の作品も観てみよう。《曲がり角のビル》は、高橋が毎日紙粘土のブロックに着色をしていったものである。駅から彼のアトリエに行く途中にある旧・整骨院のビルは、淡い緑と黄緑色の壁面をしており、整骨院のマスコットキャラクターのピンク色のゴリラの看板が強く目を引く。高橋はそのビルの印象を、紙粘土の塊へと落とし込んでいった。紙粘土の袋を開け、ごそっと取り出しては、そのまま単色に着彩する、その反復と継続。長方形の塊自体は旧作においてもレリーフ状の筆触ともいうべきかたちで現れていて、それは高橋の絵のなかでもとりわけ異彩を放っていたのだが、《曲がり角のビル》ではそうした要素がものすごくへんなところから生長して芽を出している。

日々の生活が多忙になるにつれて、制作時間は目減りしていく。常に集中は断ち切られ、まとまった時間はとれず、一日の残り時間のわずかなあいだに少しだけ手を動かす。本展で発表される、ドローイングも、単色に着彩された紙粘土も、ラミネート加工されたカードも、それらがどれも反復を織り込んだ連作であることも、油彩画でないことも、「生活を否定せずに絵を描き続けたい」という衝動(モチベーション)に底支えされている。形と素材と手法の選択に現れているのは、家族との暮らしに疲弊と代えがたい喜びを見出しながら、同時に、絵も続けていけるのではないかという手応えである。

と言いつつ、「RELAXIN’」には油彩画も展示されている。本展最大のサイズとなる絵《Toy(虎)》は、高橋が子どもの遊んでいたおもちゃを片づけるときにピンときて描けたという、300号の油彩画である。言行不一致。この思わず笑ってしまう矛盾の振り幅そのものが、本展の見所だと思う。絵は動くのだ。


*1 ホルベイン工業技術部編『絵具の科学[改訂新版]』中央公論美術出版、2018年、p. 180
*2 『NEW VISION SAITAMA 5 迫り出す身体』埼玉県立近代美術館、2016年、pp. 56–57の間の挿入テキストより

▊高橋大輔 たかはし・だいすけ▊
1980年埼玉県出身。画家。2005年東京造形大学美術学科絵画専攻卒業。近年の主な展示に「絵画の在りか」東京オぺラシティ アートギャラリー(東京、2014)、「ペインティングの現在—4人の平面作品から—」川越市立美術館(埼玉、2015)、「NEW VISION SAITAMA 5 迫り出す身体」埼玉県立近代美術館(埼玉、2016)、「眠る絵画」viewing space、URANO(東京、2018)、「自画像」Art Center Ongoing (東京、2018)、「太田の美術vol.3『2020年のさざえ堂——現代の螺旋と100枚の絵』」太田市美術館・図書館(群馬、2020)、「青いシリーズ/どうして私が歩くと景色は変わってゆくのか」Second 2.(東京、2021)など。

(左)「11」2015-2016年|39.2×54.3cm|oil on panel 撮影:椎木静寧 Courtesy of ANOMALY
(中)「無題(イビ)」2012-2013年|30.5×40.0cm|oil on wooden panel 撮影:加藤貴文 Courtesy of ANOMALY
(右)「無題(ワタシサシガタカハシ)」2012-2014年|104.0×77.0cm|oil on wooden panel 撮影:椎木静寧 Courtesy of ANOMALY