IDEAL COPY|Channel: Musashino Art University 1968–1970
大槻晃実、吉村麻紀(デザイナー)、冨井大裕(αMディレクター)、小野冬黄(αMアシスタントディレクター)
IDEAL COPYは武蔵野美術大学を探究する。
1968年から70年にかけて国内でおこった学生運動は、武蔵野美術大学にも波及した。ある日、一人の学生が構内に敷かれていたレンガを抜き取り、それを持って多くの同志とともにデモに参加するため都内へ向かった。そのような逸話が残る武蔵野美術大学には、一つのレンガが残っている。
IDEAL COPYはこの逸話をもとに、レンガを通して、当時の武蔵野美術大学の学生が、学生運動においてどのような「表現」をしたかに焦点を当てる。
1962年 学校法人武蔵野美術学校を学校法人武蔵野美術大学に改称
1969年 「大学運営に関する臨時措置法案」立法化反対全学ストライキ可決(学生大会)に端を発して大学闘争が起こる
芸術祭中止
1970年 卒業制作展中止
芸術祭中止、臨時休校
*武蔵野美術大学公式ウェブサイト「沿革」より抜粋。
今回の連続企画はIDEAL COPYからスタートする。
彼らは60年代中頃より発生した学園紛争の史実と、その際に武蔵野美術大学の学生が残した逸話を起点に、プロジェクト「Channel: Musashino Art University 1968–1970」を立ち上げた。
ここでは、はじめにIDEAL COPYのコンセプトとその活動を確認したのち、本プロジェクトの輪郭をなぞってみたい。彼らがここでなにを試みようとしているのかを知るための、道しるべとなるように。
1988年に京都で結成されたIDEAL COPYは、プロジェクトごとに変動する不特定の複数メンバーで構成される匿名のアートユニットである。彼らは、固有名を持つ個人が匿名的な存在にも成り得る社会で、日常において構築・更新されていくシステムそのものを現代社会の創作物(作品)であるとし、その生成の行方に着目している。そして「社会のシステム」という構造内における不透明な事象を浮き彫りにしながら、我々の知識や常識に対し問いかけ続けている。
1993年に発表して以降、継続して行われているプロジェクト「Channel: Exchange」は、彼らが開設した両替所で、来場者が持参した外国硬貨に対して重量を基準にIDEAL COPYコイン(IC)と交換するというものである。ここでのレートは決して変動せず、外国硬貨1gに対し1ICと定められている。紙幣は国外へ持ち出しても両替が可能であり貨幣価値は担保されるが、硬貨は流通している国でしか使用できない。旅先で手に入れた外国硬貨は持ち主にとっては思い出としての価値はあるものの、国外に持ち出せば経済流通から分断され貨幣としての価値は消失し、単なる「金属」と化すことを意味する。そして、交換された外国硬貨をIDEAL COPYは「金属」のオブジェとして展示する。すなわちここでは、外国硬貨が貨幣価値を失う一方で、「作品」として新たな価値が生み出されるという転換が行われているのだ。また、彼らは近年「Channel:Copyleft」(2021)を京都で発表した。ウェブサイトで公募された、著作権を放棄した音源が再生される展示空間で、鑑賞者はIDEAL COPYの限定400本のカセットテープに、会場内に流れる数十種類の音を録音し所有することができるというプロジェクトである。タイトルにあるCopyleftとは、誰でも自由に入手でき、使用、改変、複製が可能であるという著作物の権利に関する一つの考え方だ。この主張に基づき、IDEAL COPYの制作物であるカセットテープに記録した音は誰の作品となり、誰の著作物であるのかを問うものとなった。本プロジェクトは音のオリジナリティに関する疑問と課題を提起するものであり、社会において保護されている権利に焦点を当てたものである。
このように、社会が生み出す制度に着目しさまざまなプロジェクトを続けるIDEAL COPYは、αMを運営している武蔵野美術大学の歴史を調べ、大学制度を大きく揺るがす学園紛争という歴史的事象と、当時の武蔵野美術大学の学生が都内のデモに参加する際に構内のレンガを持参したという逸話にたどり着いた。
当時の学生デモは、現場で歩道の敷石を砕いて投石することが一般的な行動であったようだが、武蔵野美術大学の学生は、わざわざ構内に敷かれているレンガをきれいに抜き取って、東京郊外の地から都心まで持っていったという逸話に、美術大学の学生ならではの「表現」が見受けられることにIDEAL COPYは注目したのだった。
本企画においてIDEAL COPYは、展示室の床面に焼成されたレンガ100個を並べる。うち99個は今回の展示のために製作したIDEAL COPYオリジナルレンガで、残る1個は武蔵野美術大学に保管されていたレンガである。
IDEAL COPYはαMという空間において、レンガを起点に武蔵野美術大学を考察する。
1988年に京都のギャラリー射手座で開催した“Channel: Mode”を機に結成されたクリエイティヴ・プロジェクト。発表ごとに不特定の複数メンバーで構成される。その活動は、彫刻や絵画といった既存のアートの形態ではなく、企画したプロジェクト自体を芸術として遂行するというプロジェクト・アートである。「アーティストは『作品』と『社会のシステム』のなかに存在する」という概念に基づき、IDEAL COPYのシステムを作り、様々な人が関わることで、その行為と結果を作品とする。メディアを通してワールドワイドな展開の可能性を追求している。近年の活動に「平成美術:うたかたと瓦礫(デブリ)1989–2019」京都市京セラ美術館(2021年)、「Channel: Copyleft」haku (京都、 2021年)などがある。