EXHIBITION
百瀬文《ガイアの逃亡》2025年、3チャンネルビデオインスタレーション、約40分
予告
αMプロジェクト2025–2026
立ち止まり振り返る、そして前を向く | vol.3

百瀬文

Aya Momose
2025年10月4日(土)–11月29日(土)
12:30–19:00 / 日月祝休 入場無料
ゲストキュレーター:大槻晃実(芦屋市立美術博物館)
オープニングレセプション
10月4日(土)18:00–
アーティストトーク
11月25日(火)13:00–15:00
百瀬文、大槻晃実
支援:令和7年度文化庁メディア芸術クリエイター育成支援事業
技術協力:株式会社スパイス
機材協力:合同会社AGプロダクションズ
作家テキスト
ガイアの逃亡
百瀬文

しばしば神話の中で、女神は子どもを産み育て、自然と一体化した「豊かさの象徴」とされて語られることがある。
 かつてエコフェミニズムは、人間による自然の搾取が引き起こす環境破壊と、男性優位の社会で女性が見舞われる不平等の根本の構造は同じであると主張した。しかしその中からは、「女性は新たな命を生み出すことができる敬うべき存在だ」と、女性の生殖機能と自然の生産性の関係性をたたえる傾向も生まれ、一つの本質主義的なステレオタイプを生み出す要因にもなった。 

ギリシャ神話に登場する、強くて慈しみ深いガイアのことをいったん忘れてみたい。そしてガイアという名前の、あるいはわたしだったかもしれなかった、どこにでもいる一人の女性のことを想像してみたいと思う。
 ガイアは普段何も語ることはない。
 それは彼女自身がもう生産性を求められることに疲弊し、何も語る力も残っていなければ、動くこともできないというだけなのかもしれない。そしてそれは身体、もしくは大地に刻まれたトラウマの問題と大きくかかわることでもあるだろう。

女性に与えられる暴力と、大地に与えられる暴力のつながりについて想像するとき、わたしは常に自分自身が、女性でありながら征服者としての人間でもあることの二重性に引き裂かれる。
 大地に突き刺さる白旗は、ガイアに祈りを捧げる降伏の旗にも、同時にこの土地の所有権を主張する入植者の旗にも見える。

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キュレーターテキスト
彼女の沈黙に触れるとき——私たちはその声に応答できるのか
大槻晃実

百瀬文は、映像というメディアを通して、見ることと見られること、語ることと語れないこと、そのあいだに潜む不均衡を、繊細かつ鋭く可視化してきた。フェミニズム理論を基盤に、神話や歴史的規範を批判的に読み替えるその制作態度は、ジェンダーや記憶、身体を手がかりに、社会の見えにくい構造に光を当てている。

新作《ガイアの逃亡》(2025年)は、南フランスでのワークショップの記録映像と、モーションキャプチャーによる3DCG映像が交差する。豊穣と包容力の象徴であると同時に、怒りと復讐を内包するギリシャ神話の地母神ガイアを、語る力を奪われ、動くことを諦めた女性として描くとき、その姿は、環境破壊や植民地主義の暴力に晒された大地と重なって見えてくる。そこに立ち上がるのは、沈黙と暴力の歴史にどう向き合うかという問いだ。 

この問いは、ワークショップの場で身体を媒介にした応答として展開された。宮地尚子『環状島=トラウマの地政学』(みすず書房、2018年)の一節を読み上げる3人の参加者たちは、「所有」という言葉から想起される百瀬の問いかけに、時に「島」となった百瀬の身体に触れながら、自らの声で応答を試みる。やがてその身体は、海に横たわる大地のイメージへと変容し、他者との同一化と自己の分裂が交差する。疲弊し、動けない女性たちの象徴として現れる身体は、わずかな震えや呼吸を通じて感情の共鳴を呼び起こしていく。
 本作は、自然と女性の同一視が生んだ本質主義的ステレオタイプへの批判、土地と女性に対する暴力の構造的共通性、そして植民地主義の記憶が複層的に織り込まれている。百瀬は、そうした問いを静かに差し出しながら、個の経験を越えて、人類全体の歴史と倫理へと視線を開いていく。

作品の前に立ったとき、鑑賞者は何を見て、何を聞き、何を語るのか。語ることを奪われた者たちの沈黙に、どう応答するのか。そして、自らの身体は、世界とどのように関係を結び直すことができるのだろうか。女性に見立てられた大地に共感を寄せながらも、鑑賞者自身が誰かの土地を踏み荒らしてきた歴史の継承者であるという事実に、否応なく向き合うことになる。その両義性に引き裂かれながら、百瀬の問いは、内に眠る倫理的なざわめきを呼び覚ます。

vol. 1では、表現の根源に立ち返る場が生まれ、vol. 2では、作家たちの姿勢から美術の可能性を考える視座が提示された。そしてvol. 3では、百瀬によって、美術を通じて語ることの可能性とその倫理を探る試みが、αMという「問いの場」において静かに立ち上がる。

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プロフィール
百瀬文
Aya Momose

1988年東京都生まれ。2013年武蔵野美術大学大学院造形研究科美術専攻油絵コース修了。映像やパフォーマンスを中心に、他者とのコミュニケーションの複層性や、個人の身体と国家の関係性を再考する。近年は映像に映る身体の問題を扱いながら、セクシュアリティやジェンダーへの問いを深めている。近年はアジアン・カルチュラル・カウンシル(ACC)の助成を受けNYにて滞在制作を行うなど、国内外で活動を行う。主な個展に「百瀬文 口を寄せる」十和田市現代美術館(青森、2022年)、「I.C.A.N.S.E.E.Y.O.U」EFAG East Factory Art Gallery(東京、2020年)、主なグループ展に「国際芸術祭 あいち2022」愛知芸術文化センター(2022年)、「フェミニズムズ / FEMINISMS」金沢21世紀美術館(石川、2021年)、「六本木クロッシング2016展:僕の身体、あなたの声」森美術館(東京、2016年)などがある。

(左)《Jokanaan》2019年|12分26秒|2チャンネル・ビデオ|愛知県美術館蔵 撮影:ToLoLo studio
(中)《山羊を抱く/貧しき文法》2016年|13分50秒|シングルチャンネル・ビデオ|東京都現代美術館蔵
(右)《Social Dance》2019年|10分33秒|シングルチャンネル・ビデオ|大阪中之島美術館蔵