TEXT - ギャラリー・トーク 板谷奈津 × 松井みどり

2002年7月5日(金)


■普通に、いつも行ってる喫茶店で一人だけノーパンの人がいたら

松井みどり(M): 《nopan cafe》は、一番自分が人の目から守りたい、知られたくない、自分としても、直視したくないような、最も陰の部分を、カフェという、人が集まって、お食事したりお話したりするようなパブリックな場所で、見せたり、意識させようとしたりしている。そのギャップがすごくおもしろい。でも、ノーパン喫茶って、社会的には良い印象がないものなのに、板谷さんみたいな若い女の人が、どうしてそういうことをやろうと考えたんでしょうか?

板谷奈津(I): 「ドーナッツ」展のときにちょうど、(オン・サンデーズの)カフェのコーナーでやりませんか、というお話だったので、めったに喫茶店のある場所で展覧会をする機会もないので、普通に作品を展示するよりもそれをいかして、その場所ならではの、知らずに来る人も楽しい展覧会になったらいいなあ、と思って。普通に、いつも行ってる喫茶店で一人だけノーパンの人がいたら、普段ノーパンで生活している人が、もしかしていたらすごくおもしろいな、と。で、80年代のノーパン喫茶の90年版みたいなものを、自分でやろうかなと思って。最初は、こんなだったら、どうだろう、って笑い話みたいに、話していることを。実際つくってやると、ひくっていうか。これはなんですか?って聞かれたり。

M: 想像の中や、言葉のうえでやるのは、仮想領域なのでOKでも、実際に、それが目に見えるものとしてあらわれてきたり、さらに手で触れるものとして出てきたり、自分の立ってる空間のなかに侵入してくると、今まで面白かったものが、いきなり怖いものに変わるんじゃないか、って思いますね。例えば、普段私たちが、他人の目を気にしながら生きている状況では、みんなが、「ここまでなら許せるけど、それ以上はちょっと」と思うような、良識の限界ってあるじゃないですか。お互いのゆるやかな共通概念の中で、ルールを守りながら、均質化された感覚のなかでコミュニケーションをして生活をしている。板谷さんのプロジェクトでは、そこに、危ないものを突き付けられたような気がしたんです。そういう一種の毒みたいなもの、暴力的なものが、板谷さんの作品の核にはありますね。でも、言われなければ分からない人ってたくさんいるでしょう。
板谷さんの作品では、暴力的なものとか毒が、これ見よがしなかたちで観客に突き付けられるんじゃなくて、一見日常的な状況にさりげなく忍び込まされてる。だから、その「毒」の部分を見ちゃった人は、うわ!って感じですけど、気がつかなかった人はそのまま。自分に反応してくれる人に向かって、メッセージを発信してるだけなのかな?錠前を壊して家屋に侵入するというよりも、裏口や窓からそーっと入っていくというふうなやり方。どうして、そういうやり方なんでしょう?

I: けっこう、根っからの恥ずかしがり屋の小心者なんで、自分が一番そういうことを、隠したいようなタイプなので……。そうですね、わき毛は本当に気がつかないだろうな、と思うんですけど。《nopan cafe》は、けっこうみんなはいてないって気づいてくれました。オン・サンデーズの下のカフェでは、2週間の間毎日、ノーパンであること以外は本当に普通に、ウエイトレスのアルバイトで、お皿とかも洗って、働きました。やるとなると、やっぱりやりたくないっていうのもあるんですけど、最初は奥の厨房みたいなところでお酒を飲んでたんですけど、そのうち3日もすると慣れてきて、ちょっと近くにおにぎり屋さんとかがあって、そこまでノーパンで買いに行ったりできるようになって。

M: そのとき気がついて欲しかったものって、一体なんですか?それに気づいた瞬間に、なにかが見える(即物的な意味ではなく)のでしょうか。

■それの気づいた瞬間みたいなのが、なにかが見えた瞬間みたいな。

I: 気づくか、気づかないかの微妙なラインで、でも、気づいたら、自分の中ではすごい大事件になるような。電車に乗ってたら、一人だけわき毛をはやして女の人が乗ってて……。誰も気づいてないけど、自分だけ見つけてしまったときとか。そういうようなときって、自分がこうだと思って信じてることと、全く違うことを言ってる人と会ったときに、その人が怖いっていうか……。自分が信じてるものと、その人が信じてるものが違うとき、それは全くギャグみたいになるときもあるし、怖いときもある。口で言ったときはギャグみたいになる、自分が口で、実際こうだったら笑えるよね、って言ったときに立っている場所と、実際目撃してしまったときに自分が置かれている場所・状況によって、面白かったり怖かったりすること……わき毛とかも、気にしてないけど、やっぱり見えなくても、自分みたいに、はやして乗ってる人もいて、それに万一気づいてしまったら……。高校のときに、いつも使ってた駅に、看板が、ついてるんですね。その看板は、すごい坂道にあるので、いつも絶対見えてるはずなんですけど、目に入ってなくて、全然、看板のことは気にもとめてなかったんです。けど、ある日、ふと看板があったんだ、というか。そのとき、自分の中で、変化みたいなものが。「看板です」って感じで「あ、看板だ」っていうよりも、それの気づいた瞬間みたいなのが、なにかが見えた瞬間みたいな。バーンって出された瞬間も、「あ、そうか」って思うかもしれないんですけど、気楽に……ひっそりあったほうが。

M: 効果的?分かるような気がします。要するに、気がついて欲しいのはわき毛でもなければ、パンティをはいてない状態でもなくて、やっぱり、そういう、受け手とは違う考え方をしている人がいるって状況だったんでしょうね。それが、面白かったり、怖かったり、状況によって違うのは、自分の考えで世の中を全部制御できないんだ、っていうことが、小さな変化とか異物みたいなものを通して、なんとなく感じられるからではないですか。

私たちは、ある程度、人は、自分の言っていることを分かってくれているとか、自分は普通だって考え方に寄りかかって生きていると思うんですね。けれども、全然相手に自分の考えていることが届いてないとか、相手は全く違うふうに解釈してたことが分かったら、とても怖い。それが面白いって思えるときは、たぶん心に余裕があって、自分の心に壁のように築いてきた安全地帯に、穴が開けられることで、解放されたような気分になったりする面白さが、感じられるとき。その、自分の世界と、他人の世界が触れあったときに、あるいは自分の世界と、人間ではないかもしれない、看板にしろ何にしろ、意識の外にあるものが触れあったときにできる、簡単な傷(かすり傷)、みたいなものが、板谷さんが狙ってるアートのカギなのかな、とも思っているんです。でも、板谷さんとしては、ちょっとは気がついてくれたほうがいいと思っているんでしょうか。

I: 例えばひとり、そういう人がいてくれたら、それでいいかな。

M: ひとりでもいい?そのへん本当に板谷さんらしいですね。反対に、たくさんの人にメッセージを与えるっていうのが、60・70年代のボディ・アートのパフォーマンスの狙いだったと思うんですよ。

■ヴィールスのようにちょっぴりだけしみ込まされて

M: 60年代は、久保田成子さんの66年の《ヴァギナ・ペインティング》という、自分の下着に、ナプキンみたいな筆状になっているものをしばりつけてドローイングするという、アクション・ペインティングの変形みたいなパフォーマンス(ユーモラスなものだったらしい)や、オノ・ヨーコさんが、65年に、ベトナム戦争の空爆が激しくなり出したころに、カーネギー・ホールをはじめいろんな場所で行った、《カット・ピース》というパフォーマンスがあります。それは、ヨーコさんが、最初にイブニング・ドレスで出てきて、そこから洋服の一部を、観客にちょっとずつ鋏で切り抜いていってもらうイベントなんです。ほかにも例えば、70年代のパートナーの男性と、ヌードのまま会場の入り口を挟むみたいに立ち続けて、観客は二人の旨の間をすり抜けて行かなくてはならない、「身体のトンネル」を作ったマリーナ・アブラモヴィッチ(77年)とか、ヌードで鶏や魚の生肉にまみれるさまをダンスパフォーマンス(64年)を組込んだ、キャロリー・シュニーマンみたいに、もっと過激に身体を使う女性パフォーマーもいました。これらの60~70年代のもパフォーマンスでは、生身の人間の身体の現実性が、とても大切だったんですね。ヨーコさんの場合は特に、人間同士の関係性を探るための作品なので、パフォーマンスを見て終わりなのではなくて、観客が、「切る」という動作に加り、「切る」ことによって、彼女が、洋服に守られて観客から距離を保った存在ではなく、人に傷つけられる可能性のある弱い存在なんだ、と気がつかされる。また、自分も人をそういう状態に追い込むことができる加害者の部分をもっているんだ、ってことも、意識する。そういう意味では、彼女の身体は、単に見世物ではなくて関係性のための器だったんです。
板谷さんのパフォーマンスはどっちかっていうと、久保田さんよりは、ヨーコさんのやってることに近いと思う。だけど、それでもヨーコさんのは、たくさんの観客を前に、彼女がパフォーマンスとして告知して、彼女自身の身体を体験の中心に置いて行うもの。その背後には、自分がパブリックな場所に、プライベートな身体で現れ、それが傷つけられたり、見られたりすることによって、自分の存在の不確定さをさらけだす。それによって、みんなに、社会通念から離れて、本当のものを見て欲しいというメッセージを、広く伝えたい、という熱い意図があったと思う。そこでは、暴力や、生身の身体についてのアーティストのコンセプトやビジョンが最初にあって、観客は最終的にはその受け手でしかないのかもしれないのです。観客にしても、衝撃が強すぎて、反発を感じるということもあったかも。それに対して、板谷さんのような、小さな変化だけれども、それを観客が気がつくチャンスを与える「イベント」は、気がつくときの、自分の心の動きが、主な体験になってくるから、たとえそのパフォーマンスの場を離れても観客は自分のものとして感じ続けていける。


板谷さんのイベントって、ふわふわーっとしてて、ヴィールスのようにちょっぴりだけ日常にしみ込まされて、それに気がついた時点で人は感染している。それは、90年代らしい、って言ったら変なんだけど、60年代のパフォーマンスとは別の雰囲気と、別の重さと、別の関係性を持ったものなんだって思ってます。
それについて、ちょっと不安もあります。あまりにもさりげなくふわーっとした作品なので、これからどこに行くんだろう、って。つまり、時代が違うからだと思うけど、ヨーコさんの場合、そのころ絶対自国が世界で一番正しいって思ってたアメリカで、東洋人の女性がこういうパフォーマンスをするのを見て、「そうじゃないかもしれない」と思った人もきっといたはず。そういうふうに、「世の中を変えたい」という、強い気持ちが、彼女の作品にはあったと思うんです。
今、私達の住んでいる時代は本当に、先が読めない。でも、板谷さんの作品を見ると、私は、「世の中を変えたい」ではなく、「一人一人が持っている、世の中の認識を変えたい」とは思っているかもしれないと思い、それもまたひとつの芸術なんだ、と感じています。