『パランプセスト 重ね書きされた記憶/記憶の重ね書き』 vol.5 志村信裕

2014年11月15日(土)~12月13日(土)

志村信裕「光の曝書」


光の諸層に巻き込まれる

和田浩一

志村信裕の作品に使われる映像のモチーフは、明快で人の目を充分楽しませる。床に落ちては、逆回転再生で再び跳ね上がるカラフルなゼムクリップやボタン、夜の樹木に漂う金魚、バケツの中で炸裂する花火。というように、身近で色彩豊かなものが、動きを伴って使われることが多い。同時に、その映像が投影されている空間の中へ鑑賞者を誘導し、映像と戯れることを促すという特徴もある。そのため、概して私たちが、志村の作品の中に「アトラクティブ」な要素を見出すことは、無理からぬことである。 だが志村の作品には、白いコーヒーカップや闇に漂う煙など、モノクロームに近いモチーフも少なくはない。また、カラフルであっても、色彩の選択や動きに充分抑制が効いている点にも注意をする必要があろう。そこに、アトラクティブではあるが、その体験を単なる消費に直結させない、作者の姿勢を感じる。
たとえば遊園地やゲームでは、対象(アトラクション)から刺激を受けて行動が誘発され、その体験を延々と消費し続けることになるだろう。いうなれば、感覚(感性)の市場原理主義にまかせた状態であるとでもいえようか。だが志村は、アトラクティブな側面に幾つかの点で「介入」しようとする。色彩や動きによる刺激を適度に「抑制」するのがその一つだとすれば、画像が投影され、スクリーンの役を果たす素材の性質を、映像に「付加」し重層化するというのがもう一つの点である。
志村はTVモニターでなくビデオ・プロジェクターを使用する。映像は物体に投影され、反射光として目に見えるようになるが、物体表面の質感によって映像は表情を変える。それは、映像が物体の持つ特性を抱え込んだうえで、再び私たちの眼に届くことだと言い換えてもよい。
表面の質感(テクスチャー)だけではない。その物体が作られる過程で経てきた手の痕跡と時間の堆積、製品であればそれが実際に使われた場面での人々の生活や情感など、その物体にまつわるいくつかの時間と空間(記憶といってもよい)が、イメージに絡めとられるようにして立ち上がる。そのため、スクリーンとなる物体を特定することが、制作の基本部分を構成している。作品を発表する場所周辺のリサーチから、埋もれてしまった意味を掘り起こし、必要なアイテムが導き出されることもしばしばだ。制作時間のかなりの部分がこの作業のために費やされると言ってよい。
発見されるアイテムは、「物体」だけとは限らない。昨年夏には「俳句」がそこに加わった。言語が最小単位に切り詰められた俳句の凝縮性・瞬間性は、瞬間の積み重ねである映像にも相通じるものだ。俳句を読む行為は、かつて詠まれた情景の、時間・空間の追体験である。作者はそれも映像メディアの一層と捉えたのである。
環境が我々に提供する「価値」を詳らかにしようとしたアフォーダンス(affordance)理論によれば、環境(空間)は、「刺激」のように一方的に私たちに与えられるのではない。空間内にある物質の表面の肌理[キメ]を手がかりとしながら、私たちがその中を能動的に動くことで主体的に「発見」し「獲得」するものだった。志村の作品では、この肌理キメにあたる部分が、スクリーンとなる物体のテクスチャーやそこに内包された記憶や情感ということになるだろう。
「観ることとは、単に目で観るだけでなく、体全体や言語をも巻き込むこと」(ジョルジュ・ディディ=ユベルマン)である。光(映像)のもたらす諸層の中へと巻き込まれ、摩擦を起こし、時に衝突しながら、私たちは空間を動的に「見る」。同時にその空間は、しばし立ち止まり、自らを振り返る静的な場でもある。アトラクティブだが、強い主張をすることなく、「軽微な」意味を保持し続ける志村の映像モチーフは、そのような静的側面と呼応している。だがその映像モチーフは、空間への「巻き込まれ」を誘発させる、デコイとしてのしたたかさもまた滲ませている。

▊ 志村信裕 しむら・のぶひろ ▊
1982年東京都生まれ。2007年武蔵野美術大学大学院造形研究科映像コース修了。 主な個展に2013年「Slow Sculpture」(YUKA TSURUNO GALLERY、東京)、2012年「恵比寿幻燈祭 Dress」(TRAUMARIS|SPACE、東京)、2009年「AIMY2009 志村信裕展 うかべ」(横浜美術館、横浜)など。主なグループ展に2013年「十和田奥入瀬芸術祭 SURVIVE」(青森)、2012年「Experimenta Speak to Me」(メルボルン、オーストラリア)、2011年「黄金町バザール2011」(横浜)、2010年「あいちトリエンナーレ2010」(愛知)など

(左)「Dress」映像インスタレーション、2012,
(中)「Pierce」映像インスタレーション、photo:Kuniya Oyamada,2013,
(右)「jewel」映像インスタレーション、photo:Mitsuhisa Miyashita,2009,