『未来のニュアンス―スペースダイアローグ』 vol.5 鈴木淳+中崎透

2005年11月28日(月)~12月10日(土)

photo上:「わだば志功になる」, 2003, 青森 (C)Atsushi Suzuki 
photo下:個展「signmaker NAKAZAKI」, 2003, シンガポール (C)Tohru Nakazaki


Fabore?-どうぞ-


岡部あおみ

世界のために? 愛を?
あなたならどんな言葉をつけたしますか。
日本にどうぞ? どうぞアートを? どうぞみなさん? でも何を。
「どうぞ」というイタリア語の意味がなぜか不明なまま開催される「ファヴォーレ」二人展。日常のささやかな出来事に、微妙で精妙で絶妙なアンテナを携える鈴木淳と中崎透。
はじめての二人展ですが、都市文化に消費される「ゴミ」を、ときにダイヤモンドの原石に変えてしまう魔術師たちの登場です。どうぞ、展覧会にいらしてください。原石を磨いて所有するのはあなたです。ぜひどうぞ!

<鈴木淳:切実なる混沌での遊泳>
「越境する人々」という短編が忘れられない。公園の道が途切れて柵に囲まれているのに、平然と柵をまたいで歩き続ける人たちがいる。じつに謎めいた映像だ。
100点を越すヴィデオシリーズ「だけなんなん」(北九州弁で、「だからどうしたの」の意味)におさめられた傑作のひとつ。「やらせ」のように無表情で日常的な行為の繰り返しに、無意識に効率を追求する都会人の習性や「みんなで渡れば怖くない」といった身体性への刷り込こみが垣間見える。
鈴木淳は北九州で生まれその地で活動している。人と場所のかかわりに敏感で、おかしくリアルで不気味な映像やインスタレーションを手がけている。場と心理が融合するサイキックな一瞬に、未知のコミュニケーションの原野が現れる。浮上した不可視の制度に、ひねりの変化球を投げるのである。

<中崎透:アンガージュマン・サイン>
「看板屋なかざき」の洒脱な店構えで、知る人ぞ知るの著名人。100円だったか、契約書にサインすると、いつか自分だけの看板が実現するらしい。たとえば、川崎市岡本太郎美術館で開催された第7回岡本太郎記念芸術大賞展の入選作は、12人の知り合いとの契約にもとづいて作られた看板。そのときの注文書を故意に非公開とし、社会的な表象を擬したサインが、匿名の店舗を創り、秘密の日記を暴露する。
中崎透はまだ博士課程に在学中の学生作家だが、契約行為をアートに託すプロセス・アートのコンセプチュアルな生硬さを、庶民的なぬくもりに変える手品師である。反復とヴァリエーションによるイメージと言葉遊びは、都市という表層へのあくなきこだわりであり、身近な環境から出発する改革への意志である。