東京計画2019 vol.2
Plans for TOKYO 2019 vol.2 Sachiko KAZAMA BABEL
2019年6月1日(土)~7月13日(土)
June 1, 2019(Sat.)-July 13, 2019(Sat.)
11:00~19:00/日月祝休 入場無料
11:00-19:00 Closed on Sun., Mon. and Holidays
Entrance Free
ゲストキュレーター:藪前知子(東京都現代美術館学芸員)
Guest Curator: Tomoko Yabumae (Curator, Museum of Contemporary Art Tokyo)
アーティストトーク
6月1日(土)18時~
Artist Talk: June 1(Sat.) 18:00-
オープニングパーティー
6月1日(土)19時~
Opening Party: June 1(Sat.) 19:00-
協力:無人島プロダクション
©️Sachiko Kazama Courtesy of the artist and MUJIN-TO Production
風間サチコの作品は常に念入りな「計画」のもと実現される。歴史の因果を紐解き、古今東西の視覚様式を研究し、それらを取り入れた各々の要素のスケッチを、歴史画や神話画を思わせる大画面の下絵に統合、さらにそれを拡大して卓越した技術で木の板に版として彫り出し、最後に一枚の紙にのみ刷り上げる。閑静な住宅街の一角にあるアトリエで、作家ひとりの手で密やかに遂行されてきた「計画」。木版画は、安価に熟練した技術を必要とせずに大量に刷ることができることから、草の根の情報発信メディアとして、歴史上、政治的・社会的運動と結びついてきた。その方法を、個人の抵抗手段としての特性を逆手に取りつつ、技術を磨き様式を洗練させ、「持てる者」たちのスペクタクルな視覚世界へと昇華させることで、風間は歴史上、「計画」という名の下に実行されてきた硬直した支配の構図を、たったひとりの力だけで転覆させてみせる。本展で風間は、その密室の「計画」の実行過程を展示室に転送しつつ、人間を疎外する都市というシステム、さらにはそれを支えてきた近代の亡霊へと批判の照準を合わせていく。
本展の中心をなす《ディスリンピック2680》(2018)は、皇紀2680年、優生思想で統制された近未来都市ディスリンピアで開催された架空のオリンピックのオープニング・セレモニーを描いたものである。現実世界において、皇紀2600年、つまり1940年に幻の東京オリンピックが計画されていたことはよく知られている。同じ年、総力戦体制が強まる中で、「悪質な遺伝子疾患を持つ者」を断種する優生保護法が制定される。この作品は、生命を操作する究極の「計画」とも言えるこの経緯を仔細に調査し、優秀な精神と肉体を顕彰するオリンピック、国民を選別する徴兵制度などを繋げて着想された。祝砲として太陽に打ち込まれる最優秀遺伝子「日出鶴丸」の肉体、国に奉仕するべく入場行進する「甲」の青年たちや人柱となる「丙丁戊」の人々…。全体の構成美と、細部における個の悲劇との鋭い対照が描き出される。
一方で、風間作品の核には、抗えない力に翻弄される個への視線とともに、その全体の創造に関わる、神にも比すべき存在への強い興味がある。「東京計画2019」と銘打った本展に見え隠れするのは、「東京計画1960」を手がけた丹下健三の存在である。国土計画の規模を具えていたデビュー作「大東亜建設記念営造計画」以来、彼のグランド・ヴィジョンは、メタボリズム・グループらを刺激しつつ、都市計画、さらには国土計画が盛んに提案された時代を先導した。その動きは、東京オリンピックから大阪万博、田中角栄「日本改造列島論」を経てオイル・ショックに至り終息するが、バブル崩壊後の日本の姿を歴史の因果を紐解きつつ活写してきた風間は、すでにそのキャリアの早い時期から田中角栄を重要なモチーフとしてきた。丹下健三もまた、彼女にとっては改めて向き合うべき存在であり、本展ではそれを補助線として、いくつかの旧作に新たな文脈が与えられている。例えば風間の代表作のひとつ《風雲13号地》(2005)は、お台場(埋め立て13号地)を舞台に、浮かんでは消えて行った過去の公共事業を戦艦大和の亡霊に託したものだが、その背景には、丹下の最後の作品であるフジテレビ本社が見える。本展に出品されるその「計画段階」の下絵には、東京湾上に展開されるはずだった「東京計画1960」の幻を重ね合わせることもできるだろう。《点景H.L.(新宿中央公園)》(2008)は、ホームレスと東京の風景を描いたシリーズ作品のうちの一点である。遠景に見える、丹下建築の特徴である共同体のための象徴空間の造形。しかし地上からそれを見上げる人々の目線を借りて、風間の作品は私たちに問いかける。その共同体を構成しているのは誰なのか、それは誰が、どのように決めたのか。本展の新作《青丹記》(2019)では、その象徴空間の誕生にまつわるもう一つの物語(「計画」ではなく「縁起」)によって、「創造主」の超越性が解体される。
歴史を訊ね、歴史を借りることは、風間にとって、「持たざる者」が戦うための武器である。過去、現在、未来を重ねて見出した破綻の予兆を、たったひとりで創るという行為によって示す「創造主」の営みのパロディ。完遂のその瞬間に突き進むのみの数多の「計画」の先にある未来を、脳内に描くのは私たちの番である。
▊風間サチコ かざま・さちこ▊
美術作家。1972年東京生まれ。1996年武蔵野美術学園 版画研究科修了。
「現在」起きている現象の根源を「過去」に探り、「未来」に垂れこむ暗雲を予兆させる黒い木版画を中心に制作する。1998年より木版画を中心とした作品を発表し、国内外で注目を集める。近年の主な展覧会に2018年、「ディスリンピア 2680」(原爆の図丸木美術館)、2017年「ヨコハマトリエンナーレ」(横浜美術館)、2016年「光州ビエンナーレ 」(光州ビエンナーレホール)、「電撃!!ラッダイト学園」(無人島プロダクション)、2015年「2015 アジアンアート ビエンナーレ」(国立台湾美術館)、2013年「六本木クロッシング」(森美術館)など。
(左)《風雲13号地》 2005年|和紙、墨汁、木製パネル|Courtesy of the artist and MUJIN-TO Production
(右)《人外交差点》 2013年|木版画(パネル、和紙、油性インク)|180×360cm|撮影=渡邉修|Courtesy of Mori Art Museum
アーティストトーク 風間サチコ × 藪前知子