約束の凝集 vol.1

曽根裕|石器時代最後の夜

Halfway Happy vol. 1 Yutaka Sone: The Last Night of the Stone Age

2020年8月29日(土)〜 11月14日(土)
August 29 - November 14, 2020

13:00〜20:00 日月祝休 入場無料
13:00-20:00 Closed on Sun., Mon., Holidays.
Entrance Free



出来事に形を与える

長谷川新(インディペンデントキュレーター)

「石器時代最後の夜」は、αMプロジェクト2020-2021「約束の凝集」最初の展覧会であり、曽根裕の個展である。本稿では、展示されている作品の紹介とともに、曽根裕の制作の原理についても記しておきたい。

展覧会は、新作インスタレーション《The Last Night of the Stone Age》、《Birthday Party 1965-2020》、《Double Log (Washinoyama tuff)》から構成される。本展が、単体の彫刻によって組織された展覧会ではなく、いわゆる映像インスタレーションであることを意外に思われるかもしれない。曽根の作品が初期のプロジェクトベースの映像作品から大理石の彫刻へと移行していったことを知る者であれば尚更だろう*1。だが、彫刻になったり映像になったりするのは曽根の制作の原理を経た結果でしかない*2。そのはるか手前で目指されているものの方が、曽根にとっては重要なのだ。

曽根の制作において目指されているのは、「出来事」に形を与えることである。「出来事」とは、奇跡のような瞬間であり、普段は物事の後景に退いている風景のことである。すぐ消えてしまうもの、眠りについているときに蠢いているもの、地下にあるもの、高速で揺れ続け、ずっと未来にあるもの。それらをなんとか形にとどめ、見たり触ったりすることのできるものにしたいという願望とその実現。

その一見不可能に思えるかのような状況の実現のために、曽根はいつも、複数の、互いにまったく逆方向へと伸びていく運動を拮抗させようとする。「出来事」を形にするためにはパラドックスを高速で回転させないといけないのだと言わんばかりに、対極の時間が、別々の力学が、複数の技術が、限界まで要請される。


The Last Night of the Stone Age

気が遠くなるほどの昔、自然銅を熱して溶かそうとする人類がいた。当時の技術ではあまり高温にできないためか、彼らの溶かした銅は一晩たたずに冷え固まることになる。「つまり」と曽根は言う。

「つまり、それが石器時代最後の夜なんだ。」

焼(く)べていた火がとろけるように静止し、銅は固体と液体の間を揺れながら、不定形の、しかしある一定の形へととどまっていく。石器時代最後の夜はこうして具体的に想像が可能だ。もちろん、さまざまな人々がさまざまな鉱物を火に焼べたはずで、複数のルートから次の時代が始まったんだろう(ここでは単純に金石併用時代、青銅器時代、鉄器時代などとわけることはやめておこう)。だからそれぞれの地域で、それぞれの文明で、複数の石器時代最後の夜があったはずだ。

しかしいっぽうで、曽根は(あるいは私たちは)現在も石を利用し続けながら生きている。90年代の中頃に大理石と出会って以来、曽根のつくる作品の多くは石であり、曽根の周りには多くの石工たちがいる。「作品をつくる過程の90%は石を破壊することだ」と曽根は笑うが、曽根を含む石工たちの技術は抜きんでていて、彼らは今日もグラインダーで石を削り生活を営む。だから、石器時代はまだ続いているのだ。石器時代最後の夜は、ずっと未来に訪れる。

曽根は今回、25年歳の離れたアーティスト永田康祐と「四半世紀」というユニットを結成し、大理石でパソコンを制作した(PC: The Last Night of the Stone Age (Prototype v1))。現在もまだ自分たちは石器時代にいるのだという強い確信とともに、最新の環境にも対応しうる水冷式PCをつくること。これは、ふたりのアーティストのまったき共同制作である。PCを通して投影される映像には、石を砕き、削り、粉塵に塗れ、互いに異なる言語をぶつけ合って最高の作品をつくろうとする者たちの労働/制作が、そして石器時代の時間そのものが映し出されている*3 。


Birthday Party 1965-2020

10年に一度開催される国際展「ミュンスター彫刻プロジェクト」(1997年)で、曽根は毎日のように自分の「バースデーパーティー」を開き、その様子を映像にまとめている(《Birthday Party》)*4 。繰り返し何度も曽根が誕生日を祝われるその映像のなかでは、嘘と現実、個人的なこととパブリックなことといった矛盾し合う要素が、矛盾したままに祝福されている。彫刻が孕むモニュメント性(「記念する」という永続的で硬質な属性)は、即興的で、軽やかで、反復的なものへと鮮やかに組み替えられ、その祝祭性を複数方向へと放散させている。

ほとんど知られていないが、この試みは97年以前から、そして97年以降も(曽根の子供が誕生日会は毎日するものだと思い込んだためしばらく中断しつつ)断続的に行われてきた*5。そうして撮り溜められていた映像を加えて新たに制作されたのが《Birthday Party 1965-2020》である*6 。

《Birthday Party 1965-2020》と《The Last Night of the Stone Age》は同じ大理石のPCから出力されているのだが、過去と未来を大きく行き来しながら伸びていく力と、毎日を反転し続けながら刻んでいく力とが、空間を貫くこととなる。


Double Log (Washinoyama tuff)

鷲ノ山は香川県に位置する標高322mの山である。そこで採掘される石は珍重され、古墳時代にはすでに近畿圏にも流通するほどだった。曽根は本展の制作と並行して、鷲ノ山にスタジオを構えるべく奮闘している。わずか1年ほどの期間であるが、その時間は濃密であり、現地で出会った大工の浦さんや、石工の大さんたちとの協働が、この展覧会/スタジオを基礎づけている。《Double Log (Washinoyama tuff)》とは、モチーフと素材の反転を基礎としたコンセプチュアルな彫刻である以前に、端的な事実として、鷲ノ山で生まれた最初の曽根作品である。

混乱した時代であるが、曽根はその制作の原理を携えて、今日も出来事を形にするべく体を動かす。進められるだけ思考を進め、動かせるだけ手を動かす。多くの場合それらは同時に行われる。ダイナミックな実践とは裏腹に作業工程の大半が孤独で退屈そのものであるという曽根の実践は、にもかかわらず社会を貫き、他者と関係してしまう。その営みはひとつの希望である*7。社会は大きく変容を続けるかもしれないが、鷲ノ山という場はこれからも、何度でも朝日がのぼり、地層を重ねていく*8。



*1 2011年に開催された「曽根裕 Perfect Moment」展のカタログ内で、ゲストキュレーターの遠藤水城は次のように記し、曽根の実践が「退行」しているのではないかという誤解を修正している。

「曽根は、参加的な要素を含んだプロセス志向のプロジェクトから、スタティックな大理石彫刻に移行したのではない。その「協働的」な要素や「プロセス志向」は実はまったく変わらずそこに維持されており、「出会い」や「関係性」は絶えず重要な媒体として組み立て直され続けている。移行は、曽根がその実践の形態を、コミュニケーション労働から生産労働へ、サービス産業から手工業へと変容させたことのなかにある。」(「曽根裕 Perfect moment」、遠藤水城編著、月曜社、2011年、p. 84)

*2 展覧会を一瞥すると、いわゆる「映像インスタレーション」における力学や関係自体もそのままには適用されないことに気づかされるだろう。本展においては「映像本体」とそれを支える「出力装置/什器」は、どれかが唯一の主役ということなく互いに拮抗している。

*3 The Last Night of the Stone Age 、2020年、133分。編集:奥祐司、監督:曽根裕

*4 ミュンスター彫刻プロジェクトのカタログの中で、曽根はこの作品を「バースデーケーキ」だと言っている。以下、全文を翻訳し掲載する。

「わたしはできるだけ頻繁に、できるだけたくさんの場所で、自分のバースデーパーティーをやろうと思っています。

ミュンスターで、わたしは自分の愛する人とふたりきりで、誕生日を祝います。別のパーティーでは、歌を歌ってくれる子供たちと一緒に祝うかもしれません。母親や父親、家族の面々と一緒に祝うのかもしれない。友達とする大きなパーティー。あるいは、わたしのプロジェクトに関わっている人たち-そこにたまたま居合わせた人や知らない人だっている-とするお祝い。

バイオリンやピアノなどの楽器で演奏されるあらゆる種類の音楽。歌。花とワイン。照明。装飾、キャンドルと心のこもったプレゼント(もちろん、わたしが準備するのだ)。お祝いの場では、さまざまな言葉が話されます。バースデーパーティーは、自分の部屋、ホテルの部屋、友人のアパート、地元のレストラン、おしゃれなパブなど、さまざまな場所で開きます。バースデーケーキは、自分で買いに行ってしまうと自分の誕生日とは思えないので、他の人に買ってきてもらう。誕生日はわたしたちの人生の歴史を伝えるものであり、わたしたちがこの世界で生を受けたことの最初の証明です。すべてのバースデーパーティーは、わたしたち全員が他の人たちと一緒に暮らしていることを思い出す機会です。どんな街も、どんな場所も、そこに住む人々の個人的な歴史の上につくられています。けれどパブリックな場では、ほとんどと言っていいほど個人の歴史を見ることはできません。 そこで、わたしは自分自身の歴史であるバースデーパーティーをビデオに撮り、編集します。美術館のなかと、それから中央駅の地下通路にインスタレーションするつもりです。そこは、たくさんの人たちが通り過ぎていく最もパブリックな場所だから。

わたしは視覚イメージのなめらかでつやつやした回想録をつくります。小さな部屋で、小さなケーキで祝う、親密なバースデーパーティー。豪華に飾られたホールで、豪華なケーキで祝うパーティー。わたしが生まれたことを祝って歌ってくれる人たちとのたくさんのバースデーパーティー。そしてわたしはケーキの上のキャンドルを吹き消すのです。

「ハッピーバースデー・ディア・ユタカ、ハッピーバースデー・トゥー・ユー!」
いつか、ずっとずっと後の時代に、世界中のたくさんのものごとがすっかり変わってしまう。誰も今日がどんな日だったか、想像できなくなる。

そのとき、アートはバースデーケーキであるかもしれない。

わたしは作品を、つまり、バースデーケーキをつくっているところです。未来の、そんな時代につくられた視覚イメージを想像して、それをもとにいま、つくっているところです。」

Yutaka Sone: Birthday Party (Video work after Birthday cake being) , Skulptur Projekte Münster, 1997 訳:長谷川新

*5 「曽根裕:Scoop」展(1996年、三鷹市芸術文化センター、担当学芸員:荒木夏実)では、日本語タイトルが「誕生ケーキ以降の映像作品」となっている。

*6 ランダム再生での上映。58分。データ化:奥祐司、高見澤俊介、プログラミング:永田康祐、編集:奥祐司、監督:曽根裕。《無神論者の洞窟》という副題をもつ。時系列を飛び越えて複数のバースデーパーティーが行われ続けるという構想自体は1997年にもあったものだ。また、テーブルは庵治の大工・浦芳樹の手によるもの。

*7 もちろん、曽根の実践だけが唯一の希望であるわけではない。私たちが生きて死ぬ時代においては、無数の態度や形がありうるし、複数のアートが同時に存在している。「約束の凝集」も始まったばかりだ。

*8

https://www.youtube.com/watch?v=0k3Uj5sxuGs https://www.youtube.com/watch?v=uDu99ohQDs4

▊曽根裕 そね・ゆたか▊
1965年生まれ。中国、メキシコ、ベルギー、日本にて活動を行う。主な個展に「Obsidian」四方当代美術館(南京、2017年)、「Day and Night」David Zwirner(ニューヨーク、2016年)、「Perfect Moment」東京オペラシティアートギャラリー(東京、2011年)、「Like Looking for Snow Leopard」Kunsthalle Bern(ベルン、2006年)、「ダブル・リバー島への旅」豊田市美術館(愛知、2002年)など。主なグループ展に「東京インディペンデント」陳列館(東京、2019年)、「Sanguine: Luc Tuymans on Baroque」プラダ財団(ミラノ、2018年)、ホイットニービエンナーレ(ニューヨーク、2004年)、「ヘテロトピアス(他なる場所)— 曽根裕 小谷元彦」第50回ヴェネツィア・ビエンナーレ日本館(ヴェネツィア、2003年)、「EGOFUGAL」第7回イスタンブール・ビエンナーレ(イスタンブール、2001年)、「移動する都市」(ウィーン、ボルドー、ニューヨーク、フムレバク、ロンドン、バンコク、ヘルシンキ、1997-1999年)、ミュンスター彫刻プロジェクト(ミュンスター、1997年)など。

(左)「Hong Kong Island (Chinese)」1998年|marble|Images courtesy of the artist
(中)「Still from Night Bus」1995年|video installation|15 mins Images courtesy of the artist
(右)「Tropical Composition / Agave」2019年|reed, stainless steel, acrylic paint Images courtesy of the artist

制作協力:スタジオ四半世紀 鑫裕石业有限公司 株式会社川崎製作所 有限会社鷲之山石材商会 浦芳樹 奥祐司兎子尾大 𡈽方大 Tommy Simoens